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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第五部 魔法と魔人と空穿つ砲
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第六章 ファントム・オブ・カノン(5)

「あなたは、一体……何者なんです」


 僕は、目の前の老人スコットに対して、この質問をせざるを得なかった。


 その時、隣の部屋から二羽のペンギンがペタペタと歩いてきて、スコットに何かを催促している。

 噂話ほど大きなものではなかった。

 やっぱり噂話とは当てにならないものだ。


「それを知ったから君たちはここに来たのだと思ったのだが、違うのかの?」


 優しい笑顔でペンギンを撫でながら、彼は言った。


「すみません、さっきのは、僕のでたらめでした。ペンギンを飼うカノン研究家のお爺さんがいるという噂だけで。僕らは、カノンの理論研究家を探していたんです」


 と、僕はようやく白状した。


 残る四人から放たれていた張りつめた空気が一瞬ほどけるのを感じた。


「ふむ。それにしては、君の指摘は、完璧だった。何かそう思う理由があったろう」


 完璧だって?

 彼こそが侵略者だった、ということが?


「僕は、あなたを妖怪の一種だと思い、理論研究が絶えて久しいこの時代にそんなことをしている妖怪なんて、カノンを使って地球に一撃を与えた悪魔に違いないと……ただそんな馬鹿げたことが頭をよぎっただけで……」


 僕が言うと、彼は、ふっふ、と低く笑った。


「カノンで地球に一撃を与えた、そこには確信を持っておるのか。恐ろしい子供だ」


 彼は椅子から立ち上がり、脇の本棚の戸をあけ、一番下の段の本をやおらすべて引っ張り出し始めた。


「あれは注意深く隠されておった。あの高慢な国々がテロに屈して宇宙国家を認めたなどと絶対に知られぬようにな。歴史などいくらでも書き換えられる。そう思っていたのだろう」


 と、背を向けたまま語りつづけ、その奥の古ぼけた何かを取り出して、ふうっと息をかけて埃を吹き飛ばす。窓から差し込んでいる柔らかい光の中を、光の粒が舞う。


「たかが国家のいびつなプライドを守るために徹底して隠された真実を、こんな子供が暴くとは。実に痛快だ」


 もう一つ折りたたみ椅子を持ち出してくるとちょうど僕らの中心に据え、そこに、取り出した埃だらけの黒いものをどさりと置いた。


「この家に伝わる、初代の記録だ。絶対に家から持ち出してはならぬという掟のついた、な」


 それは、とても古い本だった。

 本と言うよりは、分厚いノート、あるいは、日記帳のようにも見えた。


「ゼロと一で残した記録は容易に覗かれるし、改ざんされる。どのような防御手段も役に立たぬ。初代はそのことを知っておったのだろうな。あえて、自筆で秘密を残したのだ」


 それは、彼が『初代』と呼ぶ人の、秘密の記録ノートなのだ。


 情報学的に残した記録が、どんな防御手段にも関わらず容易に盗み見られ書き換えられるということは、僕にもよく分かる。なぜなら、僕らのジーニー・ルカは、きっとそれを簡単にやってのけるから。ジーニー・ポリティクスとその郎党たちは宇宙中から彼らの秘密を消すことができたのだから。


 そこまでの知見を持ち、秘密を残した初代とは、何者で、一体、何をしたのだろう。


「どこから話すかの。この惑星が、人類最初の植民地だったことは、知っておるな」


 僕はうなずいて答える。


「この中を読んで聞かせてやっても良いが、まあ、わしも飽きるほど読んで暗記しておるでな、かいつまんで聞かせよう。この惑星上はな、進出してきた開発企業とその属する国家の統治下にあったのだ。つまり文字通りの植民地だ。だが、いびつな搾取構造のために格差は広がり、独立運動がひそかに計画されるようになった」


「では、あなたのご先祖様は、独立運動の――」


「いいや」


 話を先回りしかけたセレーナに、彼は否の答えを返した。


「独立戦争計画は、壮大なものだったよ。宇宙を舞台にし地球の大国を相手取って総力の防衛戦を計画しておった。だが、我が祖先、ジェレミー・マーリンは、それに疑問を持ったのだ。戦争により大国の疲弊を待って独立を勝ち取ることなど不可能だと。そして、彼は、幾人かの協力者とともに、独立計画の裏でもう一つの計画を進めた。それが、独立を一歩超えた、対地球侵略計画だったのだよ」


 彼はそう言いながら、記録の書の適当なページを片手でめくって見せた。

 きわめて強靭な耐久紙でできていると見られるそのノートが開いたページには、文字がぎっしりと書かれている。アルファベットこそ同じだが僕らが話している標準語とも少し違う言葉づかいの文字が目に飛び込んでくる。


「ふむ、いつやっても、このページは一度で開けるわい。軌道上の星間カノン基地を、奇襲で占拠する。彼の計画は、そこまでで完了だった。あとは、地上にたった一撃、未知の一撃を食わせるだけで、地上の国家がアンビリアの独立を認めることは分かりきっておった。あの一撃の威力を見ては、認めざるを得まい。だが、最後まであの国々は、この一撃に屈したとは認めなかったな。アンビリアの独立は地球上の国家間のかねてよりの懸案であった、とごまかしてな、アンビリアを彼らの手で建国したことにしたのだよ」


 つまり、僕らの理解は全く間違っていたのだ。


 僕は、アンビリアがまずあり、それが、地球への覇権を得るために星間カノンによる侵略を行ったと考えていた。


 しかし現実は、その一撃こそが、人類最初の宇宙国家設立の瞬間だった。


 その一撃が、アンビリア共和国の独立戦争であり、地球を支配した一撃だったのだ。


 圧倒的な力による支配をもってする独立。


 こんなものが歴史上ありえただろうか。


 しかし、スコットの話を聞き進めるにつれ、あらゆるピースがぴたりぴたりとパズルの中にはまっていくのを感じる。


「初代、ジェレミー・マーリンは、その時に大統領にも推されたのだがな、丁重に断って、その代りに、永代まで相続される『千年の恩給』を得た。人間とペンギンの小さな家族が細々と暮らすには過分な恩給だよ。ま、それもどうやらわしの代で最後になりそうだ。一時期はこの恩給にありつこうと、聞いたことも無い親類まで毎日のように訪ねてきたがね、残り十年しかない恩給では、もうそんなものもめったに来ない。わしが早死にすることに賭けて訪ねてくる食い詰め者はまだおるがね」


 そう言って彼はささやくような声で笑った。


 残り十年で尽きる『千年の恩給』。九百九十年前のクレーター事件。


 千年にも及ぶ記憶。


 すべてが符合していた。

 つまり、この人は、本物だ。

 本物でしかありえない。


 偏屈研究家ではなかった。

 彼こそ、歴史の真実を秘める家系の、まさにその末裔だったのだ。


「僕は……僕は、カノンの純粋理論の研究者を探すためにここに来たのです。ただ、ちょっとふざけただけで……あなたがその人だなんて思わなくて……」


「よい、分かっておるわ。我が一族の秘密を知ったからと言って、どうこうしようとは言わんよ。できれば、永遠にそれを心に秘めていてほしいものだがな」


 そう言いながら彼は再び頬を緩めた。


「しかし、虚数時間超光速運動理論を理解しておるものが今さら必要とは、どういうことだろうな。賢い君のことだ、我が祖先が地球に与えたカノンの一撃の秘密は、もう解いておるだろうに」


「どこから話せばいいのか……その、セレーナ、どう思う」


 向かいのセレーナに視線を送る。

 セレーナは微笑んでうなずいた。

 自分で説明する、と。


「改めまして、スコット・マーリンさん、突然の訪問、どうぞお許しください。まず、私の身分を明かさなければなりません。私は、エミリア王国の王女、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティと申します」


 セレーナは立ち上がって、あくまで優雅に、自己紹介をした。薄汚れたスコットの部屋が突然華やいだ。


「ほう。エミリア王国。聞いたことがあるの。反重力の反応鉱石の産地だったか」


「はい、まさにそのエミリア王国です」


「その国の王女ともあろうものが、どうしてこのような場所に」


 相手が王女と知っても、スコットはたじろぐどころか敬語さえ使わなかった。


 それはそうだろう、彼こそ、すべての宇宙国家の祖たる人物の末裔なのだ、セレーナなど這いつくばって礼を示さねばならぬ相手なのだ、と僕は思うが、彼はそんなつもりなのではないと思う。ただ、彼にとっては、彼我の身分など些末なことにすぎないのだろう。


 それからセレーナが語って聞かせたことは、まさに、僕らの冒険のすべてだった。陰謀に次ぐ陰謀、そして、僕らが見つけた究極兵器。


「……マジック爆弾こそ、私たちの最後の武器になると。そして、マジック理論の博士に、カノンの理論家を探してほしいと頼まれて……理由は……えーと、ジュンイチ、お願い」


 最後に、僕に話をパスして、セレーナの話は終わった。

 スコットの反応は無い。僕は話を継ぐことにした。


「地球を打ちのめしたカノンによる一撃、それは、今は失われた核兵器による一撃なのでしょう? ですが、僕らがそれを得る手段はありません。代わりに、マジック爆弾のアイデアを得ました。それを実現するために、ジーニーの直観力を使います。ただ、それを、カノンで投擲するに当たり、どうしても解かねばならない問題が出てきました。マジック爆弾の理論式、突入反重力効果の中に、虚数時間項らしきものが現れたのです。この問題を解かない限り、マジック爆弾をカノンで撃ち出すことはできません。どうか、ご協力をいただきたいのです」


 最後まで言い終えたとき、ようやくスコットは、ふむ、と小さく唸った。


「反重力効果の中に虚数時間項か、興味深いな。君たちの言う、ジーニーの力が本物なら、その問題さえ解ければ、究極を超える兵器の実現は可能かもしれんな」


 彼の言葉に、僕の胸は大きく鼓動を打った。

 僕はほとんど、ジーニーの力を確信している。

 とすれば、スコットさえ協力してくれれば。


「だが、ジュンイチと言ったかね、君の考えには、一つ訂正を入れねばならん」


 スコットは、歳に似合わぬ鋭い視線で僕を射抜いた。


「な、なんでしょう」


 僕は思わず姿勢を正す。


「我が祖先が核兵器を使ったと言ったな。それは間違いだ。核兵器など使っておらん」


「しかし、あの威力は――」


「――核兵器などよりもはるかに恐ろしい兵器だった」


 彼の言葉に、僕は反論を飲み込んでしまった。



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