第六章 ファントム・オブ・カノン(3)
その日のうちにあともう一人、同じように訪ね、同じようにペンギン爺さんの笑い話を聞いて終わった。
要するに有名な与太話なのだ。
ジーニー・ルカに念入りに情報防御するよう指示して、あらかじめ決めてあったホテルに僕らは集まった。
もう一組が有用な情報を見つけていなければアウトだ。
「いやもう、見つけたも同然だって」
毛利が自信満々の笑みを浮かべて話し始める。
「もう傑作の話でさ」
やな予感。
「小さな爺さんがでかいペンギン連れて歩いてるんだってよ」
……やっぱり。
こんな爺さんがこんなでっかいペンギンを、だぞ、と、毛利が身振り手振りで説明しているのを横目に、僕は心の中でがっくりとうなだれる。
「えー、毛利君たちもう? こっちも、みんな口をそろえてペンギン爺さんって」
浦野が大はしゃぎしている。
「あはっ、そっちもなのね。だったら、次はどうしましょう」
えー、セレーナまでそっち側?
「ペンギン爺さんの目撃談を探して歩く、ってことになるのでしょうけど、どうでしょう、そんな珍しいペットを飼っているなら、地域ニュースくらいにはなってるかもしれませんね」
マービンも薄ら笑いを浮かべているものの、至極真面目にペンギン爺さんの探索についての意見を述べた。
「なるほどね、ジーニー・ルカ、アンビリアの過去十年の地域ニュースから、ペンギンを飼っている人について、検索しておいて。結果は後で聞くわ」
『かしこまりました』
ああ、ジーニーまでかしこまっちゃった。僕の腕の音声インターフェースから。
「で? 他の情報は?」
「セレーナさん、忘れていますよ、ほら、屋外に住んでるらしいっていう話。そのペンギンの方、屋外散歩用のキットを持っていたらしいじゃないですか」
「ああ、そうだったわね。酸素が無くて寒い屋外にわざわざ出歩くなんて考えられないから、きっと屋外に住んでるんだろうって言ってたわね」
いよいよ、ただの変人としか思えなくなってくる。
ペンギンなんぞ飼って、テラフォーミングに失敗したこのアンビリアの屋外に住んでるだって?
もはや、変人でさえない。
お化けの類だ。
「だったら逆に見つけやすいわねえ。普通だったら外に出ないところで、外に出入りする人を探すんでしょーう?」
「だな。あれか、アンビリア中の出入り口の出入り記録を調べればいいのか。ジーニー・ルカなら簡単だな」
『はい、そちらも合わせて調べさせていただきます』
みんながあまりに真面目なので口を挟めない。
ちょっと冷静に考えてみてよ。巨大なペンギンを連れた無酸素大気で生きていけるお爺さんって。単なる妖怪変化だぞ。
と思うんだけど。
「それで? ニュースのほうは?」
『申し訳ありません、個人飼育のペンギンに関するニュースはございませんでした』
ほら。妖怪を探すようなものなんだから。
どこかで方針を変更したほうがいい。
ちょっと危険でも一旦オウミに戻って、アンドリューに大学かどこかのつてを頼ってもらったほうがいいだろう。
「ちょっとみんな――」
「いいこと思いついた!」
僕が方針変更の提案を口にしかけると、大声で浦野が遮った。
「ペンギンのごはんなんて、普通のマーケットじゃ売ってないから、専門のペットショップに聞き込みに行ってみたら」
「いいですねえ、浦野さん、冴えてますよ」
「いや冴えてるとかじゃ――」
口を挟みかけた僕の声を遮り、
「ジーニー・ルカ! ペンギンの餌を扱ってるペットショップをリストアップしてちょうだい!」
セレーナのオーダーを受け、ジーニー・ルカはすぐにそのリストをセレーナが持つ情報端末のパネル上に表示した。何の意味も無いリストを。
その結果は、たった一件。
「案ずるより生むが易し、ね。これで完全に絞り込めたわ。小さなお爺さんって話だから、きっと記憶に残ってるはずよ。明日にでも訪ねてみましょう」
「あの、いや、だからさ」
「何よ、ジュンイチ。別のアイデアでも?」
改めてセレーナににらまれると、いまさら、全部無意味だよ、とも言いづらくて、思わず口をつぐむ。
「……なによ、気持ち悪いわね、明日、このお店が開く時間……アンビリア時間で十時、時差は無しね、だったら、起床は六時。お店が開き次第取材。いいわね」
「おっけー」
と浦野が片手でオーケーサインを出しながら答え、結局僕も仕方なくああ、はい、みたいなあいまいな返事をしてしまうことになっていた。
そして密談はあっという間にお開き、僕は集まっていたセレーナ用の個室を追い出され、自分の個室に戻っていた。
みんながどこまで真面目なのか、分からなくなってきた。
だってそうだろう。
エミリアを、セレーナの故郷を、救うかどうかっていう大変なときに。
都市伝説のようなペンギン爺さんを探してる。
シャワーを浴びる間も、そのことが頭の中を悶々とめぐる。
備え付けのパジャマに着替え、髪も乾かさずにベッドにひっくり返る。
何もかも間違っているんじゃないだろうか。
僕らに必要なものは、何だろう。
ルイスは、マジック爆弾を形に出来るかもしれないと言う。
だが、それをカノンで投擲することだけが問題で。
カノン理論との間にあるわずかな類似性、その正体を明らかにするためにカノンの専門家が必要だ。
それも、カノンジャンプの距離ランキングを競うような技術者ではなく、本当の超光速運動の理論研究者が。
そして見つけたのが、ペンギン爺さん。
ああ、やっぱり、何もかも間違ってる。
大学だ。
経済的に無意味な研究をやるのは、大学と決まっている。
まあ、いいだろう。明日、ペンギン爺さんを見つけて、あるいは見つけられずに落胆したところで、このアイデアを披露して、すぐにでも宇宙に飛び立とう。
半日の遅れくらいならすぐに取り戻せる。
じっと天井を見上げる。人間と社会の活動を源とする低く小さな唸りのようなノイズが、暗闇を満たしている。
――寝るまでに時間がある。
ジーニー・ルカに頼んで、いくつかの国の研究論文へのアクセス権をこじ開けてもらおう。可能な限りヒントを検索しておこう。
アンドリューに頼むのもいい。でも、いっそ、連絡なしで押しかけてしまうというのも手だ。
ペンギン爺さん探しは、ちょっとしたレクリエーションだと思えばいい。思えば、ついさっきくらいの出来事じゃないか、ロックウェルの艦隊に弱点を突かれて絶望のどん底に突き落とされたのは。もう少し位は、無駄な楽しみを持ってみてもいい。
実はみんなそう思っているのかもしれない。僕だけがお堅いことを言ってるだけかもしれない。
それならそれで、僕は次の準備をしておけばいい。
あらゆる大学の研究テーマを並べた完璧な資料を並べて次に行く場所の優先度をプレゼンすると拍手喝采間違いなし、きっとあの人も尊敬のまなざしで――。




