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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第三章 歴史探索行(4)


「自称歴史マニアと歴史研究家の会見、大変面白かったわ。要するに、歴史大好きなんて言ってる人種なんてみんな似たようなもん、ってことね」


 研究所のエントランスを出たところでセレーナが話しかけてきた。


「これで、もしかするといろんな定説が覆される。オウミの歴史さえ書き換えられるかもしれないんだ。大変なことなんだぞ」


 僕はまだ、彼が新説に強い興味を持ったことに興奮を抑えきれなかった。


「で、どうなの? 究極兵器って話にはつながるの?」


「究きょ……、あ」


 あ。


「まさか、それがすっぽり抜け落ちてたんじゃないでしょうね」


 セレーナの顔つきが、怒りの雷を放つ荒ぶる神のそれに変化していくのが分かった。


「いやいや、少なくとも、艦隊基地がかつてあったことは確かだし、まだ跡地が軌道上にあるって話も聞けたし……そ、そうだ、行ってみない?」


「行く? 基地の跡地に?」


「そう!」


 半分ごまかし。

 でももう半分は、本気。

 せっかくオウミまで来たんだから、現物を調査するのも悪くない、と、言ってから思いついたのだ。


「……ま、いいかもね。ほかの歴史家が持ってない私たちの強みは、どんな場所にもあっという間に飛んで行けるマジック宇宙船だもの」


 セレーナは、僕のとっさの発案に案外乗り気を見せてくれた。怒りの形相に変わりそうだった顔にも、むしろ笑顔が戻ってきたような気がする。


「そう来なくっちゃ」


「じゃ、善は急げ。船を取り戻しに行きましょう」


 とりあえず彼女のご機嫌を維持するという最大のミッションは乗り切った。

 さてこの次は、百万キロメートル彼方の虚空に浮かぶ廃墟を何の手がかりも機材もなしに調査するという、一つ目のミッションに比べれば取るに足らないミッションを残すのみとなったわけだ。


***


 予想より早く、返還手続きは四時間で終わり、僕らの船は戻ってきた。路線バスで現場に戻り、僕らの到着を待っていた警官に詫びと礼を言ってから船に乗り込んで、彼の立会いの下、空へと飛び立った。


 行く先は決めている。百万キロメートルの彼方に浮かんでいる、古い駐屯基地だ。


 飛行すること小一時間、遠くに見たことも無いような巨大な構造物が見えてきた。事前にルカに聞いた情報では、幅四十キロメートル、奥行二十五キロメートル、高さ十三キロメートルの巨大な直方体とのこと。


 目の前にまで近づくと、それはもはやこの世をこちらとあちらに隔てる巨大な壁としか言えないような代物であり、視界いっぱいをただ平坦な壁が覆うばかりとなった。


 そこで、頭の中の上下感覚を少し修正すると、それはまるで延々と広がる地平線で、僕らの宇宙船はその地平に機首を向けてまっさかさまに落下しつつある、という錯覚に変化した。


 その感覚に耐えられなくなり、僕は思わず、機体の底面を壁に向けるよう、セレーナに頼んでいた。セレーナも実は同じ感覚に悩まされていたらしく、結局、宇宙船は広大な地平に対して床を下にしてゆっくりと降下していくことになった。


 何百年も放棄されていたその基地は、あちこちに大きな穴が空いている。この宇宙船が潜り抜けられそうな大穴さえいくつか見つけることができた。


 しかし、どんな経緯があれば、あんな大穴が空くんだろう。

 あんな隕石がこの近辺を飛び回っているとも思えないけれど。


 けれど、その疑問はすぐに解決した。


「セレーナ王女、レーダーモニターをご確認ください。未確認飛行物が高速で接近中です」


 いつに無く早口でレポートするジーニー・ルカ。

 操縦席の前に表示されたモニターを見ると、水平レーダーモニターの左下に光の点が数個あり、中心に向かって動いている。


「分析は」


「少々お待ちください……ミサイルです」


 ジーニー・ルカの言葉はあまりに淡々としていて、驚くことを忘れてしまっていた。

 あの光の点はミサイルで、レーダーモニターの中心、つまりこの宇宙船に向かって進んでいる、ということは。

 つまり。


 ……もうすぐミサイルが僕らを粉々にする、ってこと?


「全速、回避!」


 セレーナが叫ぶ。

 それ以外のオーダーは確かに思いつかない。


 船はマジックの泡に包まれたまま、ミサイルを真後ろに従える形に加速した。


 レーダーの光の点が近づいてくる速度は急に鈍る。

 この加速は、さすがにマジック船だ。


 だが、普段は起こるはずのない強い振動が座席から伝わってきて、操縦席脇のボードの扉もガタガタと音を立てる。


「な、なんだいこの揺れは」


「大質量のそばでマジック機関を最大運転しているため振動がございます、ご了承ください」


 僕の問いに、ジーニー・ルカが淡々と答える。


 実のところ、窓の外の景色は、体に感じるよりも激しく上下に揺れている。

 マジックの泡に包まれていなければ、船内の僕らはミンチ状態だろう。


 考えているうちも船の速度はさらに増し、眼下を流れる基地の側面は滑らかな流水にしか見えないような速さで視界を流れていった。問題のレーダーの光点は徐々に遠ざかり始める。


「ふう、びっくりした。防空システムが生きているんだ」


 一息つきながら、僕が言うと、


「……そうね、それも、案外、頭が良さそうよ」


 セレーナが返す。


 何のことだろう? と思って彼女を見ると、彼女はレーダーモニターを指差す。見ると、水平モニターの正面と左右、垂直モニターの上側、それぞれ五、六個の光点が見える。

 正面の光点は猛烈な勢いで迫ってきている。セレーナが速度の反転を命じ、船は再び激しい振動をしながら、基地に対する相対速度を減じていく。


 あっという間に速度が落ち、基地表面の構造が視認で追える程度になるが、それでも正面からのミサイルはすさまじい勢いで船に迫ってくる。


「到達までは?」


「およそ十六秒」


 ジーニー・ルカの答えにセレーナが頭を抱える。


 後ろに逃げようにも、後ろにはさっき振り切ったミサイルがまだ追ってきているはずだ。


「いいわ、突っ切りましょう、ミサイルは化学推進だから急激な回頭はできないでしょう、脇をさっと潜り抜けちゃいましょう」


 彼女の言葉をオーダーと解釈したジーニー・ルカが、再び前方に向けて加速する操作を始める。

 けれど僕は思わず叫んだ。


「だめだ、ジーニー・ルカ、ストップ!」


 僕の声に、ぴたりと船が止まる。

 後で気づいたが、これが、僕が初めてこの船を操縦した瞬間だった。


「ちょっとなんなのよ、ジュンイチ! ジーニー・ルカも!」


「だめだ、ミサイルには近接信管がある」


 歴史マニアを自称する以上、僕だって宇宙軍事技術に全く無知じゃない。


 ミサイルはあまりに高速なので、普通は直撃なんてしない。近傍を通過するのがやっとだ。

 だから、直撃狙いではなく、ターゲットの直近まで近づいたところで起爆するようになっている。いわゆる近接信管だ。宇宙戦争の場合は、その爆発で撒き散らす破片が効果的にターゲットを破壊する。装甲よりもステルス性を重視している宇宙戦艦に対しては、それで十分だから。


「まずは後退だ、最も近いミサイルから距離をとる」


 僕が言うと、宇宙船は再び驚くほどの加速度で後方に向けて動き出した。

 その間も、レーダーモニターに映る数十発の光点は徐々に中心に近づいてきている。


 こんな防衛システムが生きていたなんて。


 僕の額に汗が流れるのを感じる。


 基地の側面にたくさん空いた大穴は、すべてこのミサイルの仕業なのだ。自らを防衛するミサイルが、侵入者が破壊されるか逃亡したあと、ターゲットを失って側面に衝突して大穴を空けていたのだろう。


「どうするの、ジュンイチ」


「考えてる!」


 近接爆発でばら撒かれる破片をすべて避けきれるかどうか。マジック推進のこの船なら、可能かもしれない。けれども、それは賭けに近い。戦闘のための装甲なんて付いていないこの船、破片の一つでも当たってしまえば粉々だ。


「後方ミサイルがレーダーに入りました、衝突まで十二秒」


 ジーニー・ルカが淡々と告げる。

 モニターをもう一度見る。

 前方、左右、上方のミサイルは今の後退で前方寄りにひきつけている。その数、数十発。後ろ側はさっきまいたミサイル数発だけだ。比較的後方が安全と言える。


 けれども、そこをすり抜けてその先に別のミサイルが待ち受けていないと言えるだろうか?


「……穴だ!」


 僕は叫ぶ。


「オーダー! 最も近い基地壁面の穴を潜り抜けなさい!」


 瞬時に僕の言葉の意図を正しく理解したセレーナが、正しいオーダーとしてジーニー・ルカに伝えた。おそらく、ブレインインターフェースもフル稼働で正しい意図をアウトプットしているだろう。


 基地壁面にいくつも空いた穴のひとつが左下方に見えていた。と思った次の瞬間にそれは真正面に移動し、恐怖を感じるほどの速度で拡大する。


 操縦席の船窓すれすれを、穴のふちからぶら下がる瓦礫が通り過ぎていく。船の外壁を爪のようなそれが引っかいていく甲高い音が聞こえるような錯覚が生じる。もし本当にそんなことがあればとっくに船の気密は破れていただろうけど。


 基地の内部は巨大な空洞になっている。巨大な戦艦を点検・補給するためのドックのようなものだから、相当な空間がある。


 強力な前照灯をつけると、瓦礫がふわふわと浮いている。レーダーで先に気付いたジーニー・ルカがそれらの瓦礫を器用に避けている。


 すぐに、前照灯よりも明るいフラッシュが数回、暗闇を破った。ミサイルが、入り口のふちに当たるかして爆発したようだ。


 ともかく、レーダーモニターに後ろを追ってくるものが映っていないことを確認して胸をなでおろす。


 けれども、飛び出せば再びミサイルに取り囲まれることになるだろうし、更なる攻撃で穴をすり抜けてしまってくるミサイルも出てくるかもしれない。まだ安心はできないのだ。


「ともかく防空システムを止めよう」


 僕は次にすべきことを口にする。


「どうやってよ、できっこないわ」


「どうして。余力情報を移し変えたり船籍情報を改ざんしたりできるじゃないか、ジーニー・ルカは」


「相手は軍事システムよ、話が違うわ」


 本当にそうだろうか。

 通商用のシステムより軍事用システムの方が上等だと決め付ける理由は無い気がする。


「ともかく試してみようよ。ジーニー・ルカ、この基地の防衛システムのことは分からないかな」


 セレーナの懸念を無視して、僕はジーニー・ルカに尋ねてみる。


「……恒星光エネルギーシステムによる恒久管理システムの存在を確認しました。システムプロファイルから、ジーニーであると思われます」


「それは接続可能な?」


「はい、オーダーを下されば、無線システムにより接続が可能です」


 ほら、案ずるより産むが易し、だ。

 相手が何だったって、結局は情報システムの一種なんだから、何らかの形で会話はできるはずなんだ。


「じゃあ、接続して、僕らが怪しいものじゃないから攻撃をやめてもらえるように交渉してくれないかな」


 きっとジーニー同士ならそんな会話もできたりするんじゃないかな。


「かしこまりました。しばらくのお時間を下さい」


 だめで元々、と思いながら交渉まで任せてみると、案外すんなりと頼まれてくれる。頼りがいのあるやつだ。


「すごいんだね、ジーニーって」


「……そんなこと、頼んでみようとも思わなかったわ。むしろ私がびっくりしてるわよ」


 セレーナは、僕の感想を驚きの表情で受け入れた。


「あなたって、やっぱり情報科学の才能があるのかもね。私より使いこなしてる」


「そ、そうかな」


 真っ向からほめられると悪い気がしない。

 そう言えば、アンビリアで文書検索クエリを作っているときも似たようなことを言われた気がする。


 そんなことを考えているほんの一分かそこらのうちに、ジーニー・ルカが、完了した、と告げてきた。


「当該防衛システムはこれ以降本船を敵性でないと判断いたしますので、安全に付近を航行可能です」


 あれこれの不正をしなくても、きちんと手続きをすればそもそも大丈夫、っていう話だったんだろうな。


「これで安全になったとして……さて、じゃあ、ここで究極兵器を探すわけだけど」


 僕は改めて前照灯でさえ照らしきれない真っ暗な闇を船窓から覗き込む。


「どうしようか」


「あら、簡単じゃない」


 セレーナが眉を上げて僕のほうに目配せをした。


「ジーニー・ルカは、この基地のジーニーにつながってるんでしょう? 究極兵器があったかどうか問い合わせるだけよ。現物より資料、あなたが言ったのよ?」


「あ……そうか、確かにそうだ。ジーニー・ルカ、そういうわけで、地球のクレーターを掘るのに十分な兵器があったかどうか、ここのジーニーに訊いてもらえるかな」


「かしこまりました。……回答です。この基地にはそのような兵器はございませんでした」


 彼は、僕のオーダーに瞬時に反応し、瞬時にがっかりな答えを返してくれた。


「基地のジーニーの推測は?」


「同様です。該当する兵器の存在を支持しておりません」


「……だそうよ。さてジュンイチ、どうしましょうか」


 と僕の方に向いたセレーナの表情は、お手上げの色を強く主張している。


「待って、ジーニー・ルカ、たとえば、この基地に駐屯していた艦隊が地球を訪問した可能性は?」


 僕は質問を変えた。もしその兵器が注意深く隠されていたとしても、艦隊の行動の記録まで消しきれるものではないと思ったからだ。


「……基地のジーニーとロジックメモリを同期して調査しました。過去に駐屯した艦隊が地球方面に向かった記録があります」


 僕は目を見開いて息をのみ、次いで、セレーナを見つめる。

 これこそ、何らかの行動があった証拠に違いない、と思って。

 セレーナは軽く肩をすくめる。


「艦隊が地球に向かったことと、そこで究極兵器を使ったこと、単純に結びつけていいものじゃないと思うんだけれど、どうなのかしら、先生?」


 確かに、その兵器の決定的証拠が出てこない限り、僕らの目的には何の役にも立たないのだから。


「……その通りだと思う」


「続けるの?」


「えっ?」


 セレーナの突然の質問にどきりとする。


「なんだか全部中途半端。こんなこと続けてるより、もっと楽しい旅でほとぼりが冷めるのを待ってもいいんじゃないかしら」


「だけどそれじゃ……」


 僕がいる意味が無い。

 きっと彼女は僕を地球に放り出して宇宙に逃げ出して。

 きっと人生の一部分を贄にして摂政と仲直りするんだろうけれど。


 ……なんだか、つまらないな。


 つまらない。


 単純にそう思った。


 そんな時、僕は、もう一つ、大切なことを思い出した。そう、僕らの旅を承認した英知の結晶。


「ジーニー・ルカ、君自身の推測はどうだい。究極兵器が存在したかどうか」


 僕は、基地ジーニーの情報を得たジーニー・ルカの推測をもう一度、尋ねた。


「ジュンイチ様、前にも申し上げたとおり、私の直感は究極兵器の存在を支持しています。この基地のジーニーのロジックメモリからの補強によってもこの結論に変更はありません」


 そしてジーニー・ルカの答えは、まったく僕の期待したものだった。


「……というわけなんだ、セレーナ。どうやらルカはまだ究極兵器の存在を信じている。艦隊が行動した記録もある。僕はまだあきらめようとは思わない」


 あきらめる必要なんて無い。


「それは、あなた自身の歴史的新説を証明するため? それとも――」


「究極兵器の情報を得て君が有利な条件でエミリアに戻るため。そのどちらもさ」


 僕が言うと、セレーナは少しうつむいて考えているようだった。


「前にも言ったけれど、私が少し我慢して彼らに譲歩すれば問題はすべて片付くのよ。それでもこの無謀な旅を続ける?」


 もう一度顔を上げながら彼女が僕に尋ねる。


「無謀とは思わない。それに僕だって底抜けのお人よしのつもりは無いよ。いずれは僕はこの船で地球に逃げ帰って、自分の身の安全だけは確保しようと思ってる。君の身柄は地球の新連合とエミリア王国の間の話し合いに任せる」


 僕が言うと、セレーナは口元に少しだけ笑みを浮かべた。


「……ふん、ちょっと馬鹿正直すぎよ。もう少し駆け引きってものを覚えたほうがいいわ。私は、あなたを無理やり王国に連れ帰って身柄を引き渡せば、少しだけど有利な交渉ができるのよ。その可能性は考えないわけ?」


「えっ」


 考えもしていなかった。


 そうか、確かに、彼女は重犯罪人の逃亡を幇助したという意味でひとつの罪があるかもしれないが、身柄を拘束した上で少しの家出をしていただけだ、ということになればまた解釈は違ってくる。


「でしょうね。この船にいる限り、私はジーニー・ルカに命じていつでもあなたの自由を奪えるわ。さて、じゃ、もう一度訊きます。『そんな無謀な旅』をまだ続ける?」


 彼女の言葉に僕は考え込んだが、しかし、その彼女の言葉こそ大きな矛盾を持っていることに気がついた。


 僕は答えを出す。


「もちろん、続けるさ。僕を馬鹿正直と言ったけど、君はどうなんだい。君がオーダーひとつで僕を拘束できる、僕はそんなこと想像もしなかった。駆け引きを覚えろと言う割には、君はずいぶん僕を信用してくれているようじゃないか。だったら、僕もそれに信用で返そうと思う」


 僕が言うと、とたんにセレーナの顔は真っ赤になった。


「なっ、何を言ってるの! わ、わた、私にだってまだ奥の手くらいあるわよ! 馬鹿にしないで!」


 彼女はそもそもおっちょこちょいなのかしっかりしているのか、この時点で僕はさっぱり分からなくなっていた。

 だけど、きっとどちらの面もあるんだと思う。大国エミリアの王女と、十六年しか生きていない女の子、その両方が彼女の中にあるのだから。


「もういいわよ、行くと言うなら行きましょう! あなたの言うことなんて分かってるのよ、どうせ次の目的地は、もう一つの放棄基地のあるところでしょ、惑星ラーヴァ!」


 お怒りか照れ隠しか、彼女は真っ赤な顔のまま僕らの行き先を強引に決定し、そうして僕らは惑星オウミの空を離れることにした。


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