第五章 歴史家(4)
動こうとすればすぐさま、反重力フラッシュボム弾頭のミサイルを続けざまに撃ち込んでくるだろう。
そうして僕らの機動力を奪って、小型の戦闘艇で絡め取ってしまおうというのだ。
いまさらながら、後悔の気持ちが起こる。
なぜ、この三人を連れてきてしまったのだろう。
毛利とマービンはともかく、浦野はこれで囚われになるのは二度目だ。
僕らに相当てこずった彼らは、セレーナこそ丁重に扱うだろうけれど、たかが地球新連合市民相手なら、何をするかも分からない。
煮え湯を飲まされてきた僕らへの恨みとエミリア王女を捕まえた興奮で、僕らをなぶりものにしないとも限らない。
最後は宇宙にでも放り出して、そんなやつらは乗っていませんでした、おそらくどこかの星で逃亡を続けているのでしょう、と報告すればいいのだから。
そんな最悪の展開さえ頭をよぎり、後悔を深いものにしていく。
「ジュンイチ、あなたの顔を見ていれば分かる。彼らには、ジーニー・ルカの力が、通じないんでしょう?」
セレーナがふいに言った。
そう、その力は、何らかの形で見える相手にしか通じない。真実を映すスクリーン、そして、侵入して狂わせることができる情報学的な実体と接続が必要なのだ。
でも、試してみる価値はある。
「……ジーニー・ルカ。敵艦隊の位置を推測。それから、敵の全システムのパスコードを推測」
「……位置とパスコード推測完了しました。位置は後方一万六千キロメートル、しかし、事実性確認結果は55.1パーセント。侵入リンクがございませんのでアクセス不可能です」
相手のシステムに侵入路が開いていない限り、その力は張子の虎なのだ。
僕の落胆の表情に、セレーナも顔を曇らせ、思案顔になった。
四つの機影は徐々に近づき、後方カメラの映像中にもちらりと見え始めた。
速度は遅いが、今度こそ、マジックの回復は間に合うまい。
間に合ったとしても、再びミサイルを撃たれるだけだ。
セレーナが、ベルトを外して席を立った。
「どうするんだい」
僕は思わず尋ねる。
「エアロックへ参ります。彼らは接舷してくるでしょうから、そこで私が出迎えましょう。私があちらの船に乗り込むときハッチを閉じますから、その瞬間に接舷フックを引きちぎって逃げてください」
気がつくと、彼女は、王女の顔をしていた。
「ジュンイチがいれば、地球までは無事に逃げ切れるでしょう。この船は差し上げます。楽しい旅でした。ありがとう。一生この恩は忘れません」
そして、無重力社交術の優雅な一礼を見せた。
「そんな……あきらめるなんて、ないよう」
浦野はすでに両目にいっぱい涙をためていた。
「そうだぞ、セレーナさん。やつらが乗り込んでくるなら、俺らが叩き出してやる」
そう言った毛利に、セレーナは首を横に振って見せた。
「ジュンイチとジーニー・ルカがかなわないなら、宇宙の誰にもかなわないってことです。そのことは、そこの宇宙最強の騎士が請け合うはずですよ」
セレーナは、表情を消した視線でじっと僕を見つめた。三人も釣られて僕を見る。
――本当にそうだろうか。
僕は宇宙最強じゃない。
だって、こんなところでこんな単純な戦術にやられてしまっている。
もし僕じゃない誰かが、宇宙艦隊の一行動単位でも率いていたなら、こんな無様に負けることはないだろう。
宇宙艦隊が手中にあれば。
「私が出て行けば船内には用は無いでしょうが、万一があります。資材倉庫の空きコンテナに身を隠してじっとしていてください」
――君の王女らしい他人行儀な言葉なんて、聞きたくないんだ。
僕らは、友達として、君を助けると決めたんだから。
「もうあまり時間がなさそうです、私は参りますから――」
そう言って、手すりを一押しして操縦室から出て行こうとするセレーナの腕を、僕はがっちりと掴んでいた。
「こんなときに王女ぶるのなんてよせ! 君は何者だ? 僕らの主か? 無関係の王国の王女に過ぎないのか? 違うだろ! 友達だろ!」
彼女の口元がゆがんで、食いしばった歯が見えた。
「君が捕らえられるなら僕らだってそうする。君が捕らえられないためなら僕らは何だってする。だって友達だから!」
「だけど、彼らはあなたたちの安全になんて関心は無いわ!」
瞳を潤ませて反論する彼女の言うとおりなのだけれど。
「だったら、捕まらない方法を考えよう。いいか、君が一人で行けば百パーセント捕まる。五人で戦ったら、それは何パーセントになる?」
「そんなの分からない」
彼女はうつむくが、
「つまり、百パーセントとは言い切れないってことだ。さあ、何をすべきかは分かっただろう」
「無責任なこと言わないで」
「無責任なこと言ってるのはセレーナさんの方よう!」
浦野が叫んだ。
「あたしたちに、大切な友達を見捨てて逃げろって? そんなのが通じると思う? 馬鹿にしないで。あたしは死んだってセレーナさんを助ける」
「俺だってそうだ」
毛利が続けると、マービンもうっすらと微笑を浮かべて、
「大崎君、あなたに考えがありそうなことも分かっていますよ」
目敏いやつだ。
「ちょっとした賭けだけれど、一つだけ。協力して欲しい」
マービンは、もちろん、とうなずいた。
残る三人は、残った不安と新たに訪れた驚きの表情で固まっている。
「……私は、どうすればいいの?」
セレーナは、よそよそしい王女の顔を捨てて、僕に上目遣いの目線を送ってきてくれた。
この子を守るためなら、不可能さえ可能にしてやろう、なんて。
もちろん、本当に不可能だと思うなら、僕だって素直に降参するわけだけれど。
不思議と、不可能な気がしなくなっていた。
セレーナの瞳を見つめていたら。
「……まず、君には、敵を操縦室まで引き込む餌になってもらう」




