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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第三章 歴史探索行(3)

 僕は歩いて行政センターに向かった。


 ジーニー・ルカが言った『同期まで一時間』、あれは、あの船の所有者情報が全システムに同期されるまでの時間のことだろう。だから、一時間以上の時間をおいてから行政センターに出向いて手続きを始める必要がある。その時間をつぶすのに、センターまでの散歩はちょうど良い距離だった。


 行政センターは市中でも最も中心に近い大通り沿いに、灰色の壁の二階建てビルとして鎮座していた。さすがに一共和国の首都の行政センターと言うだけあって、その端にたどり着いたとき、反対側の端はかすんで見えないほど遠くにあった。


 一時間近くを歩いてきて喉も乾いたので、エントランスわきにあった小さなカフェで休憩をとった。そう言えば、標準時で言うところの正午をすでに回っている。まだ昼食を摂っていないが、セレーナはどうしているだろう。勝手に食べていればいいが。そう思いながら、飲み物と一緒にサンドイッチも注文してつまんだ。


 席を立って、あの警官に渡されたカードに従い、手続きの窓口にたどり着く。


 いくつか軽く事情を説明し、IDを提示する。


「オオサキ・ジュンイチ、十七歳。国籍は地球新連合国。職業は学生。学生にしちゃ随分豪勢な旅ですねえ。船は、船籍はエミリア王国、所有者は君自身。失礼ながら、どういう経緯でこの船を?」


 メガネをかけた仏頂面の係員はパネルに表示された情報を読み上げ、僕に質問をした。


「以前にエミリア王女のお役に立つことがあり、下賜されました。今は、学期間休みを利用して歴史研究の旅をしています」


「なるほどね。若いのに大したものだ」


 僕が何度も心中で練習した宇宙船入手と旅の目的の口上をそらんじると、彼は特に疑いも持たなかったようだ。


「違反履歴は無し。今回の違反について申し述べることは?」


「ジーニーの案内に従った結果、あの場所に着陸しました。ジーニーに確認したところ、データの同期ができていなかったと」


「ふむ、報告内容と一致しているね。分かりました。おそらく情報処理上の事故として処理されるね。六時間ほどかかるが、それで処理完了。君個人の交通リスク指数への加算が行われることになるけど、その点だけはご了承を」


 と、後半はマニュアルの注意事項をざっと読み上げるように彼は僕に説明した。


「六時間ですか」


「最長で。事実確認を人手で行うからね。これでも速いほうなんだよ、このセンターではジーニーも併用しているから。ほかだと翌日渡しなんて普通なのだよ」


 違反車両を一日置きっぱなしの方が迷惑なんじゃないかな、なんて思うけれど、よく考えたら、普通の地上車なら牽引で持って行かれるんだろうな。彼らにしてもあんなところに大きな宇宙船が置きっぱなしじゃ困るだろうから、最大限努力してくれることに期待するしかない。


 さて、それでも、最大六時間もの間、どこで待てばいいのか、置いてきたセレーナにはどう伝えたものだろう。


 とりあえず礼を言って窓口を立ち去ろうとした僕に、係員は再び声をかけた。


「歴史の研究と言ったね、私の知り合いに文化研究所の歴史研究員がいるんだがね」


 歴史研究員という言葉を聞いて、僕はびくりとして足を止め、振り返る。


「研究員……学者さんですか」


「そうそう、ちょっと変わった人だがね」


 本物の、プロの研究家。

 僕らの探索行に一番必要な人じゃないか。

 ちょっと変わってる、なんてのもまさにうってつけ。と言うより、歴史家なんてたいていはちょっとした変わり者だと相場が決まってる。……僕は違うけど。


「正面出て左に向かって十五分も歩けばたどり着く。もし時間つぶしに困るようだったら、連絡を入れてみるが」


 気が付くと、彼はその顔を仏頂面事務処理員から人のよさそうなおじさんに切り替えている。


「えっ、いいんですか」


「構わんよ、ちょっと待っててくれ」


 すぐさま彼はどこかに連絡を入れ、


「良いそうだ。名前はアンドリュー・アップルヤード。行政センターのデイビッド・ライポルトの紹介と言えば分かる」


 僕は思わずその優しいおじさんの手を取って礼を述べた。

 彼は少し照れたようにはにかんだが、若くから学問に熱心なのは感心、息子にも見習わせたいね、というようなことを言って、僕を送り出してくれた。


 本物の歴史研究家! 浮つく心を何とか抑えつつ、行政センターの大きなエントランスを出ようとしたところで、そのすぐわきの大きな柱にもたれかかっている、見覚えのある薄緑のチュニックが目に入った。


 まさか。


 僕がその人物にゆっくりと近寄ると、彼女は顔を上げ、もたれた壁から一歩前に出た。


「遅いわよ、何してたの?」


 そこに立っていたセレーナは、睨み付けるような視線で僕を刺しながらそう言った。


「き……君こそ、どうしてこんなところに」


「私が私の船を取り返すのにここにきて何が悪いの?」


 あー。

 つまりは、そういうことなのだ。


 僕が一人で出て行ったあとで、僕一人に行かせてしまったことに居心地が悪くなり、そわそわとし始めて。


 やっぱり気になって思わず飛び出してしまって。

 そんなセレーナの姿を妄想をしてみると、少し笑みが漏れた。


「大丈夫、君があの船の由来のおぜん立てをしてくれたおかげで、あと何時間か待っているだけで船は戻ってくるよ」


 だから、こんな風にちょっとセレーナのお手柄をおだててみる。


「そ、そう? じゃよかったわ。どうせあなたじゃ余計なトラブル起こしちゃうだろうと思ってあわてて追ってきたんだけれど、ま、何もなかったんなら結構なことね」


 右手で長い髪を後ろに払いながら、ちょっと戸惑うような表情はまんまと僕のおべんちゃらに引っかかっている。


「ただね、やっぱり何時間かはかかるみたいだ。そしたら、ちょうど窓口の人が歴史研究家と知り合いだっていうんだ。それで、時間潰しもかねて行くところ。君も行くかい?」


「どうしてもって言うなら。でもその前に何か食べて行かない? お腹ペコペコ」


 ああ、そうだろうな、今ここにいるってことは、僕が出てすぐに後を追ってきたってことだ。そのあと、入り口で僕が出てくるのを待ち構えていたのなら、何も食べている暇はなかったかもしれない。


 実は僕は少し腹ごしらえを済ませてしまって、と言うのは簡単だけれど口にせず、彼女に付き合って僕にとってこの日二度目の昼食を摂った。


 そのころには、つまらないことで喧嘩をしていたことなんて二人とも忘れてしまっていた。


***


 研究所でアンドリュー・アップルヤード氏への取り次ぎをお願いすると、すぐに彼の研究室に通された。


 もうずいぶん前から用意されていた接客用ティーセットを僕らの前にあっという間に展開し、淹れたての紅茶をふるまってくれた。


「聞いてるよ、さっきデイビッドから連絡があってね、ジュンイチ君とえーと?」


「セレーナです」


「――ああ、セレーナさんって言うんだね、ようこそ。こんな仕事をしていると、こんな訪問もうれしいものでね、しかも、地球からだって? 僕もあの人類発祥の星には一度でいいから行ってみたいと思ってるんだよ。そんな星の人が、こんな何の特徴もない惑星に興味を持ってくれるなんて、うれしいね」


 無造作に伸ばした赤毛と細長い顔が特徴的な彼、アンドリューは、とても親しげに僕らに語りかけてきた。


「それで、どんなことを調べてるんだい?」


 ずばりと本題に入っていいものかどうか僕が少し悩んでいると、その隙をついて、


「昔この国は宇宙艦隊を持っていたんじゃないかしら、ロックウェル連合国軍とは別に」


 セレーナは何の躊躇もなく訊いた。


「ああ、そうだね、連合国軍が統合される前は、連合国の構成国はみんな独自の軍隊を持っていた。装備も規則も組織もバラバラでね、連合国軍として統合するのは、それはそれは大変な事業だったみたいだね、えーと」


 と言ってアンドリューは手元の端末を操作していくつかの数字といくつかの単語を入力し、出てきたリストから一つの文書を選んで表示した。


「ほら、これが、それに関する論文の一つ。ロックウェル連合国の安全保障上の統合過程における課題と解決に関する考察」


「へえ、面白いですね、――うわあ、こんなに参考文献が」


「そうそう、よくまとまってるんだよ、僕のお気に入りの論文の一つで」


「いや、すごいですよ、この論文一本で当時の――」


「ジュンイチ、本題」


 僕とアンドリューがその論文を眺めていると、なんだか横からセレーナに急かされた。それで僕も本来の目的を思い出す。


「……それで、大変不躾な質問ですが、その大昔の共和国宇宙艦隊が、地球を侵略したとか、そういう痕跡はありませんか」


「共和国軍が? 地球を? ……ふっ、はっはっはっは」


 彼は大笑いし、続けて、


「ごめんごめん。共和国軍は、当時はまだまだ宇宙でも小さな部類のものだったよ。今と同じ、一行動単位は戦艦六に護衛艦十八、補給艦など補助艦艇が三十六。最盛期でもそれが三つだけ。防衛には十分だけど、地球に攻め込んで一隻でも無事に帰れるとは思えないね」


「しかし現に地球は、今、軌道上までは宇宙人の……アンビリアの支配下にあるわけですよね。どうしてそのようなことになったのか知りたいのです」


「つまり、地球は、地上の国家の間で宇宙空間の領有を禁止する条約を結んでいたために宇宙人が宇宙空間を支配することを許した、という定説を覆したいんだね」


「はい。確かにその説には傍証はたくさんあります。しかし、どうしても解せないのが、それと同時にたくさん残っている別の証拠なんです。たとえば――」


 僕は、僕自身の説を裏付ける大昔の新聞記事の切り抜きを自分の端末に表示して示した。


「――『地球の主要国家、宇宙人の圧力に屈する』なんてこの記事や、『北米に未知の攻撃、宇宙人の侵略!』、こんな記事、冗談記事にしても、なぜこんなに似たような論調の記事が残っているのかが不思議なんです」


「ははぁ……」


 アンドリューは僕の端末を覗き込み、次いでそれを手に取るとくるりと回して記事を熟読した。


「『北米中部に謎の攻撃、正体は不明、新型兵器か』……この写真は……『西部アルカトラズ島にも見えない爆弾が降り注ぐ、逃げ惑う市民』……良くこんな古い記事を集めたものだ。感心するよ。でもちょっと……日付が全部、標準歴五百年頃か、今から四、五百年くらい前だね、このころはもうロックウェル連合の統合は終わっているよ」


「いやそれが、古いアーカイブの再録をしたときに西暦、新暦、標準歴の換算がいい加減で年代が全部狂っているらしいんです。こういう娯楽記事に見えるものは厳密な復元もされなかったらしくて……お互いに同じ頃の記事だってことは分かるんですが、下手をすると数百年くらいの誤りがあるかも知れないんです」


 僕が言うと、そうか、暦か、とつぶやきながら彼は何度も記事を読み返している。


「……なるほど、とりあえず、コピーもらえるかな、僕の方でも調べてみたい」


「ありがとうございます。ただ、さしあたって知りたいのは、もしこれが本当の出来事だとすると、誰がこれをやったのかということなんです。アンビリアで、ある時期、オーツ共和国の艦隊が補給を受けていたという記録を見つけたんです。実はオーツがひそかにアンビリアの地球上空覇権確保の後ろ盾となっていたのではないかと思ったのです」


 僕がコピーを彼の端末にビーム送信しながらそう言うと、アンドリューはもう一度笑った。


「なるほどなるほど。面白い説だ。そのアンビリアでの記録とやらが確かな記録なら、そんなこともありえたかもしれないね」


 彼の促すような視線は、たぶん、その記録、つまり、あの門外不出の超機密資料のコピーも欲しい、という意味なんだろうけれど。


「はい、あ、いえ、その記録はちょっと、すぐにお見せできるようなものではなくて……アンビリアからも持ち出せないもので……」


 まさか王家特権で閲覧した資料とは言えないし、と僕がまごまごとしていると、彼は何かを察したらしく、微笑んでうなずいた。


「ああ、なるほど、だったらいいよ、君は君の直接見たものを信じて研究を続けるといい。ただ、少なくとも今はこの惑星にはそういう物騒なものは無いからね。何しろ、オウミの駐留基地は三百年以上前に放棄されているんだ。高度百万キロの軌道にそのままの状態でまだ浮かんでるらしいけどね。あとは、もう少し内側のトライジュエル共和国の惑星ラーヴァ、ここにも大きな基地があったが、やはり放棄されている。ロックウェル連合国は、地球方面に対する軍事的な興味をほとんど失っているんだよ」


 彼はそう言いながら紅茶をすすった。


「そうなんですね」


 僕は落胆の表情を上手く隠せただろうか。

 それは、たぶん失敗したんだと思う。

 なぜなら。


「ちょっと調べてみるよ、面白いものを見つけたらきっと連絡する」


 間をおかず、彼がこんな提案をしてきたのだから。


「そんな、悪いですよ」


「いいんだよ、いろんなテーマに手出しするのは僕の趣味だから。むしろ面白いテーマをくれて感謝したいくらいだ」


 そう言われると、むげに断るのも悪い気がして、お礼を言うしかなかった。


 僕も彼にならって紅茶をすする。甘い、とでも表現するしかないような香りが鼻をくすぐる。


 論文や史料に囲まれこうやってのんびりと紅茶をすする生活。


 うらやましいな、と思う。

 今の僕はただの歴史マニアだけど、いつか、彼みたいな歴史研究家になれたら。


 そのあとの雑談の中で僕がそんなことをぼそりとつぶやくと、


「僕も君のように身軽だったら、すぐにでもアンビリアに行ってみるところだけれどね、大人になって社会に所属するってことは、いろいろな自由を捨てるってことでもあるんだ。だから僕から見れば君がうらやましいよ」


 彼はしんみりとうつむいた。


「期待しているよ、来年の歴史学会には君の名前が輝いているかもしれない」


「期待に応えられるか分かりませんが、ありがとうございます」


 彼の代わりに、もうひとっとび、ふたっとびくらいはしてもいいかな、なんて思う。

 それが僕ら子供の特権なのだと言うのなら。

 もし何かを見つけたら、きっと彼に伝えよう。


 最後に、僕は彼の両手をとって感謝の意を示し、別れの挨拶を交わして、研究所を辞した。


***


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