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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第五部 魔法と魔人と空穿つ砲
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第四章 巨鳥の羽ばたき(1)

■第四章 巨鳥の羽ばたき


 偶然か必然か。


 ドルフィン号は、再び、ベルナデッダ反重力研究所にほど近い郊外の小さな駐機場、それも、僕らが前に泊めたのとまったく同じ区画にその姿を置いていた。

 真っ白のな船体と鮮やかなオレンジの船名はあまりに目立つので、船体を丸々覆う防雨シートを借りてかぶせることにした。


 地上に降りたとき、やはり、しとしとと雨が降っていた。

 嵐のような暴力的な気候がない分、その多すぎる水循環は、惑星を常に濡らし続けている。


 雨がやむことはあるのだろうか。


 この惑星の住民は、晴れ間を見ることがあるのだろうか。


 灰色の空と傘と足元をぬらし続ける雨を見ていると、そんな感傷的な気持ちになってくる。


 ターミナルのバス乗り場に少し濡れながらたどり着くと、次のバスは一時間後だった。

 仕方なく、待合所に避難する。

 全部で二十席くらいの椅子。他に乗客は無し。僕は入り口すぐのところに座る。浦野が一つ空けてその隣に座る。他三人は、立ったまま、周囲の景色をぼんやりと見ている。


「ここって、ずっと雨が降ってるの?」


「前もそうだったなあ」


「そしたら、靴とかボトムスとかってきっと、この星では特製ねえ。みんな長靴なのかな、普通の靴風で防水が良く効く機能なのかな」


 雨がずっと降っている、ただそう聞いて、そんなことまで想像をめぐらす浦野は、実は結構賢いんじゃないか、なんて最近、思う。

 ちょっと間の抜けた女の子を演じているだけで。

 運動神経抜群で頭の回転が良くて、足りないのはそれぞれ、体力と絶対的な知識量だけ。


 ポテンシャルだけなら完璧超人じゃないか。


「町に着いたら、注意して見てみようか」


「かわいくて防水機能もしっかりした靴とかありそうねえ。お土産に買っていこうかな。足が濡れるから雨の日は嫌いだもん」


「浦野がプリンより先にそっちに気が向くなんて、大変だ」


「失礼ねえ。だから大崎君はデリカシーが無いっていうのよう」


「軽口、冗談までデリカシーかよ」


 浦野は、ふふ、と小さく笑った。


「大崎君がずっと近くにいてくれて、本当にうれしいのよう? 軽口を叩き合えるくらいに。なんだか、どんどん強くなってどんどん遠くに行っちゃうんじゃないかって思ってて」


「身の丈に合わないことをしてる自覚はあるよ」


「そんなこと無いよ、大崎君は天才だもん」


 浦野は、薄目になってじっと足元を見つめた。


 彼女は、どういうつもりで、いつもそういうことを言うんだろうな。


 僕は天才でも秀才でもなくて。

 たまたま、いくつかの秘密を知っただけ。

 その偶然に出会ったことを『天才』と表現するのなら、間違いではないんだろうけど。


 結局、僕が特別に見えているのは、セレーナが僕に会ったこと、ジーニー・ルカがいること、それだけで。


 ……偶然、か。


 思えば、あの時浦野と一緒に誘拐されなければ、カノンの存在に疑いさえかけなかったかもしれない。これだけは本当に偶然の力だと言える。

 ロックウェルが僕を誘拐すると決めたこと。浦野が一緒だったこと。ロックウェル大使館がサンフランシスコ郊外だったこと、救出ヘリコプターがアルカトラズ島の上空を飛んだこと。


 もしそんな偶然が重ならなくても、僕はあのひらめきを得ただろうか?

 ――無理、だっただろうな。

 そうしたら、ここにいなかったかもしれない。


 もしかすると、それでも同じように、マジック爆弾の可能性を知るために再びここに来たかもしれないけれど、常識的に考えて、『星間カノン』という究極の運搬手段に思い至っていなければ、マジック爆弾なんて実用にならない、と切り捨てていたかもしれない。


 顔を上げると、重い雲が空を覆っているのが見える。その向こうを見透かすように、僕も目を細めた。


 どんな有人惑星にも、その上空に必ず存在する星間カノン。

 それを、地上を爆撃するための文字通りの大砲として使う。


 地上を破壊することに何の意味も無いから誰も試みなかっただけで、思いついた人は、たくさんいるだろうと思う。

 敵国の一般市民も巻き込んだ大虐殺をするという目的が明確なら、きっとそこに目は向けられる。

 だからこそ、その唯一の手段だった核兵器の記憶は丁寧に忘れられた。


 ……ということなんだと思う。


「思い出した、マジック爆弾」


 ずいぶん長いこと名前を思い出すのにかかっていたんだなあ。


「博士なら作れるのう?」


「……正直、難しいかな」


「だったら大丈夫ね」


「人の話聞いてる?」


「大崎君が自信なさそうに言うときは、たいていうまくいくんだよう」


 セレーナの言葉を丸々真似しながら、彼女はまたくすくすと笑った。


「それって、ドルフィン号にも積めるような爆弾?」


「ドルフィン号……うーん、どうだろう」


 そもそも形になるかどうか。


「どこかに仕掛けて派手に爆発させて、どうだ、王女様の魔法はすごいだろう、ってやんなくちゃならないんだよねえ」


 それってテロリズムそのものなんだけどな。


「仕掛けなくても済む方法が無いかって、思ってる」


 僕が言うと、浦野は頭の上にクエスチョンマークが見えるような表情で僕を見つめて首をかしげる。


「仕掛けない? 爆弾を? うーん?」


「正確には、いきなり相手の手元で爆発しちゃうようなインチキがあるんじゃないかと思って」


「そりゃすごい。あー、分かったぞう、大崎君、もうその方法に当てがあるんでしょーう。教えなさいよーう」


 浦野が左手を伸ばして僕の二の腕を小突いた。


 そりゃ当てがあると言えばもちろんだけど、これはまだ秘密。


 ……である必要は、ないのかな。

 どうせルイスには話すんだ。

 彼女たちにも、そろそろ知っててもらってもいいのかもしれない。


「前に、セレーナと、究極兵器を探した話はしたよね」


「そうねえ、よく気がついたよね、やっぱり大崎君は天才ね」


「違うんだよ。大昔に地球を打ちのめした究極兵器は、ジーニーじゃない」


 窓枠に手をかけて雨に打たれるドルフィン号を眺めていたセレーナが振り返るのが見えた。


 その視線はとても鋭くて。口は真一文字。


 ああ、隠してたこと、怒ってるかな。でもいつかは言わなきゃならないんだし。ルイスと話してるときに怒られるのもばつが悪いし、今でよかったかも。


「いや、たぶん、だけど。覚えてる? ロックウェルに誘拐されたとき。帰りに、丸い穴の開いた島を見たよね」


「覚えてる覚えてる! 変な形の島だったもの」


「アルカトラズ島。古い記録だと、北米大陸の大穴が開いたとき、同時にアルカトラズ島にも攻撃があったって書いてあったんだ。もしジーニーの攻撃だとすると、理屈が合わない。あの島には核融合発電所は無かったんだから」


「えー、そうだとすると、なんなのう?」


 あー、よく見ると、セレーナだけでなく毛利やマービンまで僕に注目している。ちょっと言葉にするのをためらう。


 それでも、意を決して。


「あれは……核兵器だった」


「おかしいわ! だったら地球が一撃で降伏するはずが無い。地球だって核兵器を持っていたでしょうに」


 ついにセレーナが参戦。


「単なる核兵器なら、ね。でも、それを相手に送り込む手段が問題なんだ。たとえば、普通のミサイルだったり戦艦で運び込むんだとしたら。射程に入る前に撃ち落せばいい。だけどもし……それが、誰にも見えず、光より速く飛んできたら」


「光より速く……?」


「……カノン!」


「正解。浦野に一ポイント」


「ひゃっほう」


 クイズ大会をやってるわけじゃないけど。


「新連合が成立して人類が核兵器の記憶を失くす前の話だと思う。そう、だから、記録に残ってる九百九十年前ってのは、案外、いい線で歴史的事実を語ってる。その頃は宇宙艦隊や宇宙戦艦なんて存在しないし、もちろんアタック・カノンも無かった。そんな時代に、カノンで相手に核兵器を撃ち込む、なんてことを誰かがやらかしたら」


「やり返せばいいじゃない」


「じゃあ、ちょっと想像してみて。地球の上空には四つの星間カノン。ある日現れた宇宙人がこれを全部占領。このカノンを使って次々と地上に核兵器を撃ち込み始めた。さて、どうやってやり返そう」


「そりゃ……」


 セレーナはちょっと考え込んで、それから、


「……カノンを取り返せない限りはやり返せないわけね。相手の星に行くにはカノンを使うしかないから」


「そう。だから、これはたぶん、史上初めての宇宙戦争なんだと思う。宇宙戦争のルールを決めた最初の戦い。『カノンを奪われたら負け』っていう今のルールができた、最初の戦い」


 この辺は全部アンドリューの受け売りなんだけど。


「……いつから気づいてたの?」


 セレーナのその言葉は、どうしてすぐに言わなかったのか、と詰問する口調だ。


「ひらめきは、あの誘拐の帰り道。だけど、ここまで確信したのは、前回アンドリューさんに会ってから」


「だけど、核兵器の話は、ラウリさんから聞いたじゃないのう?」


「ああ、そうだった。ラウリに核兵器の話を聞いたときに、全部ピースがそろった、って思ったんだ」


「だから、核兵器の代わりになるものを、って言ったのね。もう、それを使う手段は分かっていたから」


「そうなんだけど……その、隠してたこと、怒ってる?」


 恐る恐る訊いてみる。

 セレーナはなんだかちょっと怖い顔をしているけど。

 でも、すぐに表情をほころばせた。


「言ったでしょ。あなたがアンドリューさんとの間に何か秘密を持ってるのは知ってるって。せいぜい私を楽しませてみなさい、って言ったはずだけど、このシチュエーションは、あまりドラマチックではなかったわね」


 僕は肩をすくめて見せる。そう言えば、そんなことも言ってたな。

 確かに、もうちょっといい場面を用意しても良かったかな。

 でも、僕にそんなプロデューサの才能はなさそうだし。


「いいじゃないのう、セレーナさん。あたしは驚いたし楽しいよ? 一ポイント獲得だしねえ」


「何ポイント貯めると何があるわけ?」


「さあ? 十ポイントくらい貯めたら、プリンとか?」


「ありません」


「いりません」


 僕とセレーナは同時に突っ込みを入れていた。


「でもねえ、あれでしょーう? マジック爆弾って、すごく繊細な仕組みだって前に、大崎君が言ってたよねえ」


 ロックウェル大使館でのおとぎ話で、確かにそんな話を繰り返し聞かせた気はする。


「カノンとかで撃ったら、その繊細なところが壊れちゃわないのう?」


「それは大丈夫さ、現に、ドルフィン号だってもう何百回もカノンで撃たれてる」


「あー、なるほどねえ。あ、でも、カノンでその、なんていうの? ジャンプして着地した時――」


「――再反転」


「そうそう、再反転! その時に、もしたまたまそこに紙飛行機でも飛んでたら、どうなっちゃうんだろう?」


「そりゃ紙飛行機はぺしゃんこさ」


「違うよう、なんて言うのか……」


 ?


 浦野の言っていることが良く分からない。

 それを言ったら、地盤にたたきつけられて壊れる心配をした方がよさそうなものだけど、紙飛行機?


「カノンで飛ばされると、光のスピードを超えて……その、なんでもすり抜けるじゃないのう? すり抜けて、紙飛行機が、マジック爆弾の一番大事なところに現れる? あれ? 紙飛行機がジャンプするわけじゃ無いんだから平気かあ。あー、ごめん、なんかこんがらがっちゃって、変なこと言っちゃった」


「無理してジュンイチやヨージローの真似することないわよ、トモミ」


「えへへ」


 照れ笑いをしている浦野とは反対に、僕は、浦野の言葉に悩んでいた。


 すりぬける?

 確かにすり抜けている。

 超光速ジャンプ中はあらゆる物質をすり抜けることができる。超光速で運動している物体と通常運動している物体は、相互作用しない。


 それに、再反転位置は、調整できる。どんな場所でも。

 たとえばドルフィン号がジャンプして。

 ちょうど、紙飛行機をすり抜けようとしているその最中に再反転させようとしたら?


 紙飛行機はどこに行くんだろう?


 そう、もしそれが、ちょうど操縦室の位置だったら、操縦室の空中に突然紙飛行機が現れるように見える。

 それが空中だったからいいけれど。


 もし、現れるのが、たとえば繊細なマジックデバイスの中だったら?

 紙飛行機はどこへ?

 マジックデバイスはどこへ?


 どちらもどこへもいかないのだとすると、ひどい矛盾だ。


 もしかすると、何かそこにある場合は、再反転できずにその反対側まで滑ってしまうとか?

 そうだとすると、カノンを使った究極兵器というアイデアにいくつかの制限がつくかもしれない。


 ルイスがカノンの専門家とは思えないけれど、これは、頭の良い科学者に相談してみたほうがよさそうだ。

 どちらにしろ、カノンを使うというアイデアは、しばらくそれに頼るしかなさそうなのだから。



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