第三章 最大の味方(1)
■第三章 最大の味方
軌道上で、僕らはしばらく待機することにした。
ラウリの身の安全が確かになるまで。
彼らがあきらめ、ラウリを害する気もないとはっきりするまで。
それまでの時間、次にすべきことを、再び僕らは話し合うことになった。
結局、ここで新連合を操る小さな知恵こそ得たが、そのためには、やはり強力な武器が必要だと分かったからだ。
エミリアを新連合が哀れむほどに弱らせるか、新連合の一部が利に走って暴走するほどの、強力な武器が。
考えていると、聞くともなしに浦野と毛利の会話が耳に入ってくる。
「……つまり、核兵器を手に入れよう、ってことう?」
「っても、もうどこにも存在しないわけだろ」
「でもラウリさん、自由圏にならあるかも、みたいな感じのこと、言ってなかった?」
「言ってたけどさ、あいつの性格からして、本当にあるんなら、あんな言い方はしねーよ」
同感。
「じゃあ、大崎君はどういうつもりなのう?」
浦野が突然話題を僕に振ってくる。僕は、特に考えもなしに答えた。
「……作る」
「はあ?」
そりゃセレーナの抗議めいた声もごもっともなんだけれど。
「あなたが理工学に関して万能プレイヤーなのは分かったけど、いくらなんでもこの五人で新兵器を作るなんて、馬鹿馬鹿しいわよ」
「僕じゃない。僕がそんなものを作れるとも思えない。でも、そんな知識を持っているかもしれない人を、知ってる」
「核兵器なんて物騒なものを作る知識を持った人? あなたにそんなコネクションがあったかしら」
「核兵器じゃないよ。だけど、もし実現したら、核兵器よりも恐ろしいかも知れないもの」
「あ、ああー!」
浦野が妙な声を上げる。
「なんてったっけ! あたしたちがロックウェルに捕まってたときに、大崎君がずっと話してた、あの爆弾の話と、博士!」
「……ルイス・ルーサー博士ね」
「もちろん半分は僕の作り話。だけど、ルイス・ルーサー博士なら、できるかもしれない」
「大規模な実験施設もなしに?」
セレーナは再び、痛いところを突いてきた。
「それは、おいおい考えなきゃならない。でも、彼なら、基礎理論を固めるところまではいけると思う」
「彼の寿命が無限にあればね。私たちにそんな時間は無いわ」
セレーナはあきれたように両手を上げながら。
そう、もしあの奇跡を再現しろと言われたら、何百年かかってもおかしくないかもしれない。ロックウェルが総力を挙げて開発していても、それを実現できずにいるのだから。
だが、と僕は思う。
彼らが実現できないでいるのは、真面目に取り組んでいるからだ。もっと不真面目にたどり着く方法があるんじゃないか、と僕は思っている。そう、リュシーでそうなるように設計したわけでもないのに偶然そうなったように。
「――問題は、理論そのものよりも、奇跡を起こすためのパラメータだ。真面目に実験を繰り返せば、確かに、何十年もかかるかもしれない」
僕がそこまで行ったところで、
「めんどくせーな。結論を言え結論を」
と毛利にせかされて、ちょっともったいぶりすぎたか、と反省する。
「ジーニーに隠された真の機能。どんな真実も過程も無視して『知る』ことができる機能。それで、奇跡を起こすパラメータを演算できるかもしれない。ルイス博士に、そのことを話してみるんだ」
「ジーニー・ルカ、本当にそんなことができるの?」
僕の言葉に対し、セレーナは直接ジーニー・ルカに尋ねた。しかし、その答えはわかっている。
「お答えできません」
それが、ジーニー・ルカの答えだ。何かを知れとオーダーすればたちどころに知ることができても、知ることができるかと問えば、彼はその情報を秘匿するという基本動作原理に従い、答えられないと回答するしかない。だけど、その答えこそ、彼にそれができるということの証明なのだ。
「彼が答えないことは、事実かもしれないってことだ。とにかく、やってみるしかない。やってみて、それから考えたい」
「まったく考えが無いってこと?」
「残念ながら、まったく」
僕が言うと、セレーナはいつもの調子で大きくため息をついた。
「その力を手に入れてどうするの?」
「それもまったく」
僕が正直に答えると、再びの彼女のため息。
灰色の操縦室で誰も口を開かない時間が過ぎる。と言っても、空気は重苦しくは無い。どちらかと言えば、楽観的な雰囲気に満ちている。
少し悩むようなそぶりを見せていたものの、すぐにセレーナは顔を上げた。
「いいわ、行きましょう」
「いいのかい?」
思わず聞き返してしまう。
「私に必要なのは政治的な力。確かにそう言ったわ。でも、結局どこに行っても、私は王女の地位を投げ捨てた十六歳の少女に過ぎない。後ろ盾を得るにしても、本当の力が必要なんだと、ようやく分かったわ。私が甘かった」
「そうさ、こいつには惑星を吹き飛ばすほどの力がある、見せ付けないでどうすんだよ」
そう言って、毛利は僕の背中をしこたまに叩く。
「まったくね。そんなチャンス、見逃す手はないわ」
毛利に微笑みかけてから、そしてセレーナは、もう一度僕のほうに視線を向ける。
「それに、ジュンイチが考えが無いって言うときは、決まってすべてがうまくいくもの。いいわね?」
セレーナの最後の問いは、残る三人に向けられていた。
三人にはもちろん異存は無く、それぞれ違う言葉で同意の意思を示した。
彼女が結構失礼なことを言ったことはともかく。
「ただ、少し気になることがあるの。別れ際に、ラウリに告げられたこと」
「ラウリさんに? なによう、ひょっとして、愛の告白ですかあ?」
「ふざけないのトモミ。近々、エミリアで動きがあるかもしれないって。彼はそれが何なのか、知っているみたいだけれど、教えてもらえなかったわ。博士のいるベルナデッダに近づくのなら、用心したほうがいいかもしれない」
あの残りの時間、セレーナがラウリと交わした会話は、そんなことだったのか、と聞いて、なんだかほっとしたような気持ちを感じるけれど。
彼の忠告を真に受けるか? ……たぶん、今日までに限っては、彼は信用できると思う。
とすれば、エミリアの動きとは何だろう。
ロックウェルと新連合に追い詰められた王国の、何らかのあがきか?
「ニュースをチェックしたほうが良いかも知れませんね。星間通信はNGでしょうが、何か、痕跡を残さずに情勢を知る方法を」
マービンの問いに、僕もうなずき、
「少し手間だけど、有人の中継星系では、一旦惑星に近づいて、汎惑星ネットワークで情報収集をしよう」
と提案すると、その慎重論に、同じく誰もが同意した。
とりあえず目的地は決まり、残るは、ラウリの無事を確かめるだけだった。
かく乱攻撃による金縛りから解かれた軍用ヘリの一機は、架空のセレーナが向かった公園へ、もう一機は直接病院へ。ジーニー・ルカが逐次報告する。
公園のヘリは、当然セレーナを見つけられず、その周囲をうろうろと探し回っていた。
病院の方では、当然ながら、ラウリの部屋にどかどかと踏み込む音が、モニターを通じて聞こえてくる。
ラウリは、追われる身の僕らが自由圏を頼ろうとやってきた、と正しく説明した。その相手は、だからこそこの部屋を監視していた、と説明し、どうして引き止めなかったのか、王女を手中にすれば大国エミリアを手玉に取るチャンスだったのに、とラウリを叱責した。
要するに、ラウリが無防備に面会もできる状態で病院に置かれていたのは、僕らをおびき寄せるためだったのかもしれない。
彼らは自力で危険を察知してマジック船で逃げて行った、この体で追うのは無理だった、とラウリは弁明し、それを聞いて、その相手もラウリに責任を負わすのはあきらめたようだった。
監視カメラの映像から、セレーナは着いてまもなく逃げ出したことが確認され、音声記録もそれをおおむね裏付けている、と報告する声が聞こえた。であればすでに王女は宇宙だろう、惜しいことをした、と言うため息が最後に聞こえた。
ひとまず、ラウリを守れという僕への命令は、これで果たされただろう。
セレーナも、ジーニー・ルカが創作した会話記録を一通り確認し、これなら問題ないでしょうと言った。
これで地球でやり残したことは無くなった。




