第二章 コンプレックス(1)
■第二章 コンプレックス
ロックウェルの領域とたっぷりと横断して、地球の隣、アンビリアを通過し、ドルフィン号は、何日かぶりに地球上空にあった。
思えば、ここを発ってから、本当に数日しか経っていない。
こんなに早くも、二度と戻れぬと思った地球に帰ってくるなんて、と思う。
けれど、相変わらず僕らは僕らの家族の前に姿を現すことはできず、ただ、ひっそりと、新連合の手の及ばぬ自由圏の一画に翼を休めようとしているだけなのだ。
ジーニー・ルカの調査で、ラウリはあれ以来まだストックホルムにいるらしいと分かった。
何やら王立大学病院だか何だか言うところの、特別療養棟というところに入院しているらしい。
まともな宇宙港さえないような国で、しかも地球ではめったに見ないマジック船が着陸したのでは、いかにジーニー・ルカが情報操作でもみ消そうとも騒ぎになるだろう。夜明け前の時間を狙って、郊外の公園にそっと降り、ドルフィン号は再び軌道上に飛ばすことにした。
ドルフィン号に備え付けの防寒着をありったけ持ち出したが、それでも全く歯が立たないほどの寒さだった。
辺りは真っ暗で、空は薄ぼんやりと明るい。風が無く、空が重くのしかかってきているように感じる。
公園の池は分厚い氷が覆っている。毛利がふざけてその上に乗って遊ぼうとしたが、こんなところで誤ってずぶぬれになられても困るので、みんなで押さえつけてそれを止めた。
夜はなかなか明けなかった。考えてみればまだ冬だ。この緯度の国では、日が出るまでもう少し時間がかかるだろう。
公園を出て少し行ったところに、無休の決済スタンドがあった。一日の限度額はあるようだが、クレジットを自由圏通貨『クローナ』に両替することができるようだ。それぞれ、限度額いっぱいの三百クローナずつを手にした。
ともかく寒さをしのげる場所が無いかと震えながら繁華街の方に行ってみたが、新連合の繁華街のように、朝方でもやっている喫茶店やファーストフード店などは見当たらず、通りは薄暗かった。以前に母さんと会ったブラティスラヴァの朝も確かにそうだった。一面に薄霧がかかっていて、でもぽつぽつと見える街灯だけがそこが街であることを示しているだけだった。
公園に一旦戻って凍えて過ごし、小一時間ほどでようやく、早朝営業の喫茶店が開いたことを知り、場所を移して病院の面会時間まで時間をつぶすことにした。
喫茶店でぼうっとコーヒーを飲んでいる時、ラウリが言っていたことを思い出した。
――自由圏は、IDからも、クレジット経済からも占め出され、困窮していると。自国内のわずかな資源で細々と暮らしているのだと。
この寂れた町を見て、なるほど、と思う。
新連合の華やかな町からは想像もできない暗さだった。
こんな町で生まれて育って、そして、それが、経済から占め出されたせいだ、と教わっていれば、隣で栄華を楽しむ新連合を恨みたくもなるかもしれない。
中でもとりわけそんな気持ちの強い人たちが、諜報員となって新連合に乗り込み、数々の陰謀を巡らすわけだ。
どんよりとした気分は他の四人も感じているようで、みんな一様に、黙ってコーヒーか紅茶をすすっている。店の奥からコポコポと湯の沸く音が聞こえてくる。
自由圏が恵まれないからと言って、僕は、ラウリのやったことを許すつもりは全く無かった。
ともすると、彼の顔を見たとたんに飛び掛ってしまうかもしれない。
それでも僕はここに来た。彼との間の確執や怨恨のようなものに、ここでけじめをつけておかなきゃならない、と思う。セレーナに後押しされたのだとしても。
やがて、時計は、病院の面会時間まで十分を残す数字を示した。




