第一章 策略家(2)
「……と決意を新たにしてみても、さて、これからどうしよう」
「な、何の話?」
唐突に僕が言うと、浦野が目をまん丸にした。
相変わらず、五人がばらばらに好きなことをしているドルフィン号の操縦室。セレーナと僕は、いつものように操縦席と助手席に、他の三人は補助席に座っている。
「アルカスからは離れられたけれど、さて、次の分岐点がきたときに、どっちにジャンプしようか、って話」
椅子を後ろに回して話しかけると、
「私たちの次の目標をまだ決めていませんでしたね」
マービンは、そう言いながらも顔を上げず、相変わらずいろんな資料をめくっている。宇宙社会の構造を勉強しているらしいのだが、普段の考査でもそのくらい真面目に勉強すればいいのに。
「何か案はあるかしら?」
メイン操縦席に座ったセレーナが、席ごと振り返りながら言う。
「最終目標は、エミリアに乗り込んで、摂政たちを説得すること」
「王女一人の説得で考えを変えるような連中じゃないわ。だから、強い後ろ盾が必要なの」
「だったら、大崎が。ジーニーの力でエミリアを脅してさ、王女様に逆らったらこうだぞってぶちかませばいいんじゃねーの?」
毛利は言うけれど、たぶん、それだけじゃ無理。
「ジーニーの力は、結局は情報を操るだけなんだ。相手を混乱させることはできても、直接の脅しにはならないよ。情報攻撃は、対処法が学ばれてしまえば効果を失う。本当の力が必要だ」
「本当の力……ね」
セレーナはため息交じりで言って、少し視線を落として考え込んでいるようだ。
「それで僕からまた提案がある」
彼女の考えがまとまる前に、僕から声を上げる。
「ジーニーの力を、本当の物理的な力に変えるアイデアがある」
「それを早く言えよ」
毛利が乗り出してくる。
「だけどそのために、やっぱり、前と同じように……そのアイデアを確かめるための旅と、それから、必要な人を探さなくちゃならない」
「ですが、それがそろえば、ジーニーは現実の兵器として役に立つ、と言うわけですね」
「ジーニー・ルカがいれば、それを現実の兵器にすることが楽になる、という意味だけど」
僕が思い浮かべているのは、カノンのことだ。
もしかすると、それこそが地球をも滅ぼせる究極兵器かもしれない、その存在のこと。
ジーニー・ルカの力を使えば、どの惑星の上空にも必ず浮かんでいる星間カノンを情報的に制圧し、兵器として転用することが可能かもしれない。
「待ちなさい、ジュンイチ」
いつに無く低く厳しい声でセレーナが言う。
「あなたは何をしようとしているの?」
「その……ちょっとした武力を得て、摂政たち諸侯を黙らせたい」
「どうやって」
「言うことを聞かないとこうだぞって」
「そのために、何をするの?」
「……一度、力を見せ付けて」
「それはテロリズムよ」
その低い声色で発せられた言葉は、僕の脳をしこたまに殴りつけた。
力に頼った説得。説得とは名ばかりの脅迫に過ぎない。
力を見せ付けるために犠牲になる人たちのことも考えずに。
ああ、僕は反省したはずだったのに。
僕は、セレーナをテロリストに仕立て上げようとしていた。
……呆れられただろうな。
そう思うと、力が抜けて、背もたれに倒れこんでしまった。
「……言い過ぎたわ」
「いいや、ごめん……宇宙を相手に戦争をするんだって、そればっかり考えてて」
「でも、あなたはちゃんと理解した。誤りを認める勇気もある。気を落とさないで。私に別の考えがあるから」
まるで母親のように僕を慰めてくれるセレーナ。
情けないな、年下の女の子に。
「私たちに必要な本当の力は、政治的な力よ。つまり、政治的な後ろ盾。私がエミリアを変えようとしているということを信じてもらって、それを後押ししてくれる人」
「だけど、宇宙中敵だらけよう」
「そうね、トモミ。でも、敵の中にも……アンドリューさんのように理解してくれる人がいる。一人一人の心に訴えていくの」
「敵中を突破して、敵の主要人物に直接アプローチする必要があるのですね、大変な難事です」
マービンが、やはり顔を上げずに落ち着いて指摘する。
「だからこそ、ジーニー・ルカと、ジュンイチの力が役に立つのよ。今私たちは誰にも気づかれずにどんな場所にでもいることができる。ジーニー・ルカの全知の力でどんなセキュリティも突破できる。私たちの最大の武器は、そんな風に使うべきじゃなくて?」
セレーナが腕を組んで、僕に、それから、残る三人に、順々に視線を送った。
僕は目からうろこが落ちる思いがした。
まさにセレーナの言う通りじゃないか。
ジーニー・ルカの力は、あからさまに振るえば振るうほどその力を失っていく。相手にその知識が増えていくのだから。
だったら、隠密行動こそ、ふさわしい使い方なのだ。
誰にも気づかれず相手の懐に飛び込んで、すべきことをして、誰にも気づかれず痕跡さえ残さず消える。何が起こったのか誰も知らない。まさかジーニーの力だとは想像もすまい。
セレーナはそれを正しく理解していた。
僕は、ジーニーの異常な力を現実の力、破壊の力に変えることしか考えていなかった。
これが、物事を大局的に見ることができる王女様と高校生に過ぎない僕の、決定的な差なんだろうな。
けれど、別にいい。
こんなことで落ち込むことはいつだってできる。
その王女様は、僕の仲間であり、友達なんだから。
どんな知恵や勇気も、仲間の中の誰かが持っていればいいんだ。
「さすがですね、セレーナさん。私も、ロックウェルに反発する周辺の小国の支持を集めるというところまでは考えましたが……」
ようやく資料から顔を上げて、マービンが応える。
なんだよ、そんなこと思いついているんなら言ってくれよ、マービン。
「となると、最初の目的地は?」
「そうね、エディンバラかしら」
さすがにその惑星名が出ると、誰もがのけぞった。
それはロックウェル連合国の首都。
***
とあるハブ星系の分かれ道で、エディンバラへと続く道を選んでから、改めてセレーナの説明を反芻してみる。
考えてみれば、セレーナの説明の通り、理にかなっている。
一度はセレーナを担いで『エミリア王統派対エミリア諸侯派』なんて内戦を起こそうとしていたくらいの国なんだから、セレーナが旗揚げするとなれば、戦勝のおこぼれにあずかろうという色気くらいは見せるだろう、と彼女は説明した。
それに、セレーナの改革は、エミリアの横暴の一つであるファレンへの圧力をも対象としている。カロルへの道がほしくてたまらないロックウェルにとっては、渡りに船となるはずだ。
もし後ろ盾になるのなら、ロックウェルをおいてほかにあるまい。
だから、とるべき道は、エディンバラだったのだ。
周辺の所属共和国でこそこそと味方を探す必要は無い。
連合特別区におわす外交の決定権を持つ誰かに直接話せばよい。
そして幸いに、僕らは、そのコネクションをもう持っている。
国務統括本部長、コンラッド・マルムステン。
一度はセレーナを罠にはめて絶望に追いやった彼こそ、僕らが訪ねるにふさわしい。
人生の大半はコネクションでかたがつくと語ったセレーナの正しさをまた改めて知ることになったわけだ。
もちろん、彼は友達でも、友好的な知り合いでさえもない。笑顔の対談とはならないだろう。
それでも、僕らの本心を、訴えるしかないのだ。
ドルフィン号は、ジーニー・ルカの鉄壁の情報防御に守られたまま、宇宙を突き進む。
ドルフィン号が通った後には、なぜか、一回分余計なカノンジャンプの痕跡があり、消費されたエネルギー量の差分で異常に気がつく。
だがそれまでだ。
僕はさらに、時々、そういった周辺記録をわざと狂わせるような情報をカノンシステムに挿入するよう指示した。それも、宇宙のあちこちで。もともとそういった軽微なログレコードエラーは多発していたが、特定の場所で多く発生している傾向を掴まれたくない。僕らがアルカスを出てから、おそらく宇宙中でのエラーアラームは誰も気づかないくらい、ほんの少し増えていて、定期的な分析で誰かが一生懸命首をかしげるそのときまで、気づかれもしないだろう。
やがて、僕らは、エディンバラ上空にいた。
アルカスを出てからわずか一日半。普通なら二日はかかる。
星間カノンでの待ち行列のどの位置にでも割り込める魔法の力は、こんな形で小さな恩恵をもたらした。
たぶんこの船は、宇宙のどの場所へでも一番速く飛んでいける宇宙一の快速船になっているのだ。
エディンバラ上空では何度もレーダー照射を受けたが、そのたびに、ジーニー・ルカが軍用レーダー管制システム内から発見記録をもみ消した。
もはや怖いものはない。
僕らは堂々と船を連合特別区内に下ろした。
何千と言う船が離着陸している宇宙港の一画に、忽然と現れた情報の空白。利用記録も監視カメラも、すべてがだまされる死角が生じた。係員が、良くある一般的なマジック船が駐機してあるな、と見過ごすことだけを期待すればいい。
万が一に備えて、船に三人が残ることにした。
コンラッドと会話の出来るセレーナと、面識のあるボディガードの僕が、乗り込む。
ジーニー・ルカの割り込みで常に『ラウリ・マービン』として認識される僕のIDは、あらゆる場所で僕とセレーナの痕跡を隠し通した。
コンラッドの予定表を覗き、一部を書き換えた。
あまり重要そうに見えないランチミーティングを一つ拝借する。コンラッドの行く先は予約した部屋のままだが、その面会相手には、スケジュール変更のお知らせが届いているはずだ。いつの間にか、そういう手はずになっているのだ。
その予約されている部屋は、国務統括本部から車で五分ほどのちょっとしたレストランの個室。
僕らは、堂々とレストランに入り、コンラッドと面会だと告げて部屋に入ることができた。もちろん、レストランの予約情報もいじり、面会相手は、ラウリ・マービンという若者になっている。
個室に入る。さてこういう場合、どちらがゲストでどの位置に座るべきだろう。
そんな作法があるのかとセレーナに訊くと、いまさらそんなくだらないこと心配するなんてあなたらしいわねと言って、適当な席に腰掛けた。馬鹿にされているような気がしつつも、僕はその隣に座った。




