第六章 怪物(6)
僕がベッドに黙って座っていると、キャビンの扉を開けて、セレーナが入ってきた。
再び真っ青な顔で、黙ってキャビンに引っ込んだ僕を、一時間ほど空けて訪ねてきた、というわけだ。
この一時間、僕はありとあらゆる可能性を考えた。
そして、僕なりに出した結論がある。
だけど、それは、誰にも話すことが出来ない。
特に、セレーナには。
もしこの事実を彼女に明かすのであれば、それは。
僕が、その力のすべてを振るわなければならないと思ったとき。
だから、ここにセレーナが来たとしても――。
「……ジュンイチ、あなた、何を見つけたの」
――僕は彼女にだけは、僕の推測を話せない。
少なくとも、もう少し、時間がほしい。
話すべきこと、話さざるべきことを整理する、時間が。
「ごめん、しばらく、話せそうに無い」
「……そう。私たちもね、あなたの読んでいたレポートを読んだの。確認していいかしら」
僕は、黙ってうなずくしかない。
「ジーニーには、その……二億人分の投票を肩代わりする機能があって……それは、量子力学が関係していて……うまく言葉に出来ないんだけど、量子力学の計算をすることで、見えないものを見てしまうような、そんな機能がある、……合ってる?」
合っている。
と思う。
少し戸惑いながらも、うなずいて見せた。
僕だって分からない。
波動関数がどうとかって話だけは聞いたことがある。
本当は見えているのに見えないもの。
見えていないのに実は存在するもの。
量子論的には、存在っていう言葉自体があやふやだということ。
たぶん、『特異点』は、その可能性の程度をすべて重ねあわせて同時に見る観測窓として機能するのだと思う。
ジーニーが、『特異点』を通して観測するとき、その窓の向こうに、見えないはずのものが見える、そんなことができてしまうのだと思う。
そのジーニーにとっての『特異点』。それが、誰かの脳。
言ってみれば、特異点とは、カメラのレンズみたいなもの。
対象物の真実の姿にはっきりとピントを合わせる役割を持つもの。
きっと、あるジーニーから見たときはしっかり像を結ぶ対象でも、別のジーニーが覗き込むと、うまくピントが合わない、そんなこともあるだろう。だからきっとジーニー・ルカは特別なのだ。
「それで……ジーニー・ルカは、封じられていたその機能を回復する条件を満たしてしまった、ってことね」
僕の沈黙を肯定と捉えたのか、セレーナが続けて言った。
今度は、僕もうなずいた。
「そう。僕の言葉に魔力があるんじゃない。たぶん……」
僕が言いよどんでいると、セレーナは、大きくため息をついた。
「秘密は無し。はっきり言いなさい。文書の中に何度も出てくる、特異点って言葉の意味。非生物には生じない。生物、人物……『誰かの脳』の中に生じる特異点」
セレーナは僕の瞳を覗き込んだ。そして、自分の胸に、そっと手を添える。
「……私、なんでしょう」
この質問に、僕が回答するには、あまりに準備不足で。
僕は、セレーナがあきらめて去るまで、肯定も否定もせず、時間が過ぎるのを、待った。




