第五章 政治の名を持つ魔人(2)
ドルフィン号は、アルカスの首都第一市郊外の適当な駐機場に着陸した。駐機場の管理ビルで、集合時間だけを確認して五人は別れる。
と言っても、市内の中心部に出るまでは結局同じ列車に乗ることになったわけだけど。
地下鉄駅の改札を抜けて、僕は当てもなく歩き始める。
あらかじめ観光マップでどこに何があるかは確認しているものの、やっぱり一番怪しいところを当たりたい。
大きな図書館だの資料館だのは、かえってセキュリティがしっかりしているだろう。無造作にネットワークソケットがむき出しになっているとは思えない。
そもそも、マービンが言ったように、この国でも地球と同じで、ほとんどの通信は無線化されている。有線のソケットを使うような通信は大容量で信頼性の必要なところか、衛星による汎惑星電波の届かないような場所にある中継無線アンテナの接続部分でしか使われていない。
どうして最初からあのメンテナンス用インターフェースが無線化されていないのかと腹立たしい気持ちも起こらないでもないが、ジーニーに直結してメンテナンスするなんて、それこそ『大容量で信頼性が必要』なんだろうな。
逆に言えば、あのインターフェースを悪用すれば、僕らのジーニー・ルカに侵入して狂わすことだってできるんだろう。むやみに放置しておいて良いものじゃないのは確かだ。こっそり設置して誰にも気づかれないような、そんな場所が必要だ。
意味もなく官庁街に足を向け、最初に目に入った喫茶店に入る。
店内をざっと見まわす。もちろんソケットなんてない。もしかするとという気持ちもあったけれど。
メニューをもらう。なぜか最初にデザートのページを開き、プリン・ア・ラ・モードを見つける。最悪、お土産はこの情報でいいか。
エスプレッソを頼む。
出てきたそれをすすると、とても味が薄く、がっかりした。
脳を直接揺さぶるような、あのエミリアのエスプレッソを期待していたのに。
一口で全部を喉に流し込んで、僕は席を立った。
会計にIDを示しながら、僕は質問をする。
「この辺に、ゆっくりネットワークを使えるような場所はありませんか」
「当店でも結構ですが、何か不手際でもございましたか」
店員は少し不安げに眉を下げて訊き返した。
「ああ、すみません、僕、観光客で、その……ローカル限定の安いシステムしか持ってきてなくて、この地域の無線が使えないことに気づいたんです」
と、とってつけたようなことを言ってみる。
「ああ、そういうことでしたら、この通りの先にデバイスショップがありますよ、契約を付け加えるか、レンタル用システムを貸してもらえるかもしれません」
そういうことじゃないんだけどな。
ソケットがあって、そこにこっそり端末を残しておけるような場所を聞きたかったんだけど。
とは、さすがに言えないので、
「そうですか、ありがとうございます、早速行ってみます」
と礼を言って僕は店を後にする。
通りの、店員が指差したであろう方向に目を向けると、確かに遠くにデバイスショップの看板がある。
ANCCという、地元の通信業者のお店のようだ。
ほかに当てもないので次の目的地にそこを選び、三分ほどの長い旅を経て、僕はそこにたどり着いた。
お店の中には、壁中に情報端末のサンプル。よく見れば地球でも見るような端末もちらほらと見える。
僕のお小遣いじゃ最新端末なんてそうそう手の出るものじゃないけど、セレーナの莫大な資産をもってすればいくらでも最新端末が買えちゃうな。
ま、そんなつまんないことにセレーナのお金を使うのはやめておこう。今の端末だってそれなりに気に入っているし。
展示台がいくつも並べられていて、動作展示もある。
そんな中をふらふらと見て回る。
業務用と銘打たれたコーナー。今までこんなところに足を踏み入れたことはないけれど、展示台を見てみると、僕らが普通に使う端末とは違い、仰々しいキーボードやたくさんのコネクタ、ソケットのついた、これが必要ってどんな業務だよ、と突っ込みたくなるような端末が並べられている。
――あ、このソケット。これが捜していたソケットじゃないか。そうか、こういう業務用の端末に直結してメンテナンスできるように、有線ソケット形式なんだな。
でも僕が求めているのはネットワークに直結した生きたソケットなのであって、この業務用端末の展示品にジーニーのインターフェースをくっつけることには何の意味もない。
もしかすると僕がジーニー・ルカのコンソールに直接ログインしてメンテをすることもあるかも? ……いいや、ありそうにないな。
結局ここではさしたる発見もないまま、ショップの自動ドアを再びくぐることになった。
さて、次はどこにしようか。
そう思いながら改めて地図を見る。
そうだな、せっかく官庁街まで来たんだ。公文書館にでも行ってみよう。
ソケットを探すついでに、資料を閲覧してみてもいい。費用が掛かるにしても、僕のIDの信用余力はとんでもないことになってるし、ちょっとくらいなら贅沢に資料を漁ってみても良いかもしれない。
何でもかんでもジーニーに頼っていては、本当に困った時に手も足も出ないということになりかねないし。
そうと決めると、僕は、徒歩で十分ほどの公文書館へ向かった。
入り口で手続きをし、地球の歴史学生という偽りの身分を口頭で補足して、閲覧を申し込んだ。
閲覧室には、閲覧用の端末がずらりと並んでいる。
全部で五十台ほどはあるだろうか。半分くらいは誰かしらがすでに座っている。これだけ大きな共和国だから、常に行政の不正に目を光らせる市民団体の数も大変なものだろう。おそらくそんな人々が半ば職業的にこうやって毎日公文書をチェックしているのだ。
僕は割り当てられたB14番端末へ。
抱えていた小さなカバンをおろし、ため息を吐き出しながら座席に体を落としたとき、隣から思わぬ声が聞こえてきた。
「ひゃあ、大崎君」
驚いてそちらを見ると、浦野が座っていた。
まさかいるわけがないと思っていたので、隣を気にもしていなかった。
その結果は、僕の口から漏れた情けない小さな悲鳴になった。
こんなところで何を?
……という疑問は無意味か。
それぞれにそれらしいところを捜し歩こうと言ったんだから、公文書館なんて誰でも思いつきそうなものだ。
「浦野と発想が同じだなんて、僕ももうだめかな」
言葉とは裏腹に思わぬところで友達に会えたうれしさを笑顔にして、僕は言った。
「大崎君、最近どんどん失礼になってない?」
「僕はもともと失礼さ。初めて会った異国の王女様を呼び捨てにするくらいにはね」
「ああ、確かに大崎君は昔から失礼よねえ」
言いながら、何かを呼び出そうとしていた画面を浦野は操作して、初期画面に戻した。
「何か探そうとしてたんじゃないのか?」
「うん、そのう……この国のジーニーのことでも調べようかと思って」
「やめることはないよ、ヒントは多いほどいい」
「でもう、大崎君ほどうまくできそうにないし」
浦野はそう言ってうつむいた。
「……ただ人手がほしいって言うから役立たずのあたしでも、って思ったけど、結局大崎君と鉢合わせでじゃあ、手分けした意味、ないよねえ」
寂しそうに笑う彼女。
「騎士の誓いを交わした四人の男どもに比べて、あたしってば、本当に役立たずねえ」
自嘲気味に言い終わると、浦野は端末のキーボードに視線を落とした。
どうしてそんなことを気にしてるんだろう。
僕よりずっと強くて。
谷底に落ちそうになった僕の手を真っ先に掴んでくれたのは浦野だったのに。
だから、浦野には一緒にいてほしいと、僕が、思ったのに。
「その……さ、正直に言うと、浦野って、たしかに今役に立つタレントがあるかっていうと、そうじゃないと思う」
僕が言うと、浦野は、くすっと小さく噴き出した。
「やだなあ、大崎君って、本当に正直なのねえ」
「うん……嘘をついて励ましたりしたくないから」
僕が言うと、浦野は顔を上げて、笑顔でうなずいた。
「正直なことはいいことだ」
僕もうなずき返す。
「……でも、浦野にいてほしいって、思ったから」
僕が言うと、途端に浦野は両手を口に当てて。
「ええー、やだよう、大崎君ってば、ひょっとしてあたしにそんな気が? ええー、困るなあ」
顔を真っ赤にしてくねくねしている。
ここまで見事に勘違いされると、恥ずかしいと言うよりはかえってすがすがしい。
だから、普段なら恥ずかしくて言えないかもしれない言葉も、すらりと僕の舌の上を通って滑り出た。
「ちょっ、違うよ、そうじゃなくて。あきらめそうになってた僕を何度も助けてくれたのは浦野じゃないか。もうあんなことは絶対しない、とは思うけどさ、それでも、もしそうなっても、浦野が助けてくれる、って思うだけで、前に進めるんだ」
「うふふー、ってことはやっぱりあたしに惚れてるね、君?」
「……聞いてなかったね」
「聞いてるわよーう」
「ふざけてると、さっき見つけた美味しそうなプリンを出す喫茶店の情報、教えないよ」
「あ、嘘、嘘! ちょっとからかっただけよう、プリンを人質にするなんてひどいわよう」
両手をばたばたと振り回してあわてる浦野。そんなにプリンが大事か。でも、地球を出てから一度もプリンを食べてないし、そろそろ禁断症状が出るころだ。
「あんまり真面目なこと言うから茶化したくなっちゃったんだよう。……ありがとねえ。役立てなくても頑張る。それはそうと、そのプリンの喫茶店は!?」
浦野が殊勝に謝罪したり感謝したりするときは、要するにプリンと引き換えなんだよな。
ま、いいじゃないか。こんな癒しキャラが一人くらいいても。
いざと言う時には一番力になってくれるわけだし。
「官庁街の入り口辺り。あとで連れてってやるから、真面目に探してくれよ?」
「ほんとう? じゃあ頑張っちゃうぞ」
そう言って、浦野は再び検索画面を開いた。
僕は、まあたぶん浦野もチェック済みだろうけど、と思って、端末の周りをぐるりと回って、ネットワークソケットがないかを確かめる。
うん。あるし。
普通に、端末から伸びたネットワークケーブル。その先の接続ハブに、いくつも空きがある。
そりゃそうだ、公文書館という場所柄、無線を使うのは情報漏えい的な意味でまずいよね。
なんでこんなことに気づかなかったんだろう。
そして、どうして浦野はこれに気づかなかかったんだろう。
「……浦野さあ、ネットワークソケット、探した?」
「もちろんよう。よくわかんないけど、あの黒四角のやつがはまりそうなところでしょう?」
「はまるって……丸ごとって意味かな」
「……違うのう?」
急に不安げに声のトーンを落とす浦野。
ここで会えてよかったと心から思った。
一日放っておいたら、ありもしないものを延々と探し続けていたわけだ。
「あのさ、あの黒四角の裏側にちょこっとプラグが出てただろ? あれがはまる口だよ」
「そんなのあったの? 教えてくんなきゃあ」
「……ネットワークソケットの意味も分かってないなんて思わなかったからさ」
そうして、机の下にあるそのハブに並ぶソケットを浦野に示した。
「へええ、こんなんだったんだねえ。大崎君は物知りだねえ」
このときの僕の脱力っぷりを、説明する言葉がないのがひどく残念だ。




