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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第四部 魔法と魔人と量子の巨神
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第四章 必修科目(3)

 しばらく言葉を失っていたアンドリューは、はっとした表情を浮かべると、あわてて空になったポットに新しい紅茶を淹れに立った。


 まだ彼の中で言葉の整理ができないのかもしれない。

 そりゃそうだ。

 十代半ばの子供たちが宇宙を相手に戦争をするなんて。


 僕が大人なら、馬鹿なことを言ってないで帰って宿題して寝なさい、と叱りつけるだろう。

 けれど、その片割れが、宇宙に名をはせるエミリア王国の王女なのだから、始末に困るところなわけで。


 ゆっくり十分ほど時間をかけてお茶を淹れなおした彼は、座って自分のカップと僕らのカップに淹れたてのお茶を注ぐ。

 小さな部屋に芳醇な香りが満ちる。


 アンドリューは、自分のカップを持ち上げ、一口すすり、それから、大きく息を吐き出した。


「そうか、そうだね。逃げているだけの人が、わざわざ危険を冒して僕のところを訪ねてくるはずがない」


 自分を納得させるようにつぶやく。


「だがこの僕がなんの役に立つのか、それがさっぱり分からないんだ」


 そう言いながら、カップを置いた。


「君たちがすべての国々を相手に戦うだって? どんなプランがあるのか分からないけれど、まず僕の立場から言わせてもらえれば、やめてほしいと思う。君たちが気づかれずにここに来ることができたのなら、その幸運を受け入れて、ここでほとぼりが冷めるまで僕の家にでも隠れていればいい。まさかそんなところに君らがいるとは、誰も思わないだろうから」


 僕の言葉を、あまりに無謀な子供の危険な試みと彼はとらえたろう。僕自身だってそう思う。


「ありがとうございます、アンドリューさん。けれど、僕らは、戦うと決めたんです」


「どうやって」


「そのためにここに来ました」


「だから、それが分からないんだ」


「僕らは……セレーナは、ジーニーを一台、持っています。そのジーニーが、その……異常なんです」


 話し始めた僕を、アンドリューは右手を挙げ首を振りながら一旦遮った。


「待ってくれ、どういう話になるのか、心の準備をさせてもらえないか」


「……すみません、唐突でした。問題は、歴史問題なんです。アンドリューさんが興味を持ち始めた、技術史なんです」


「どうしてそんなものが、戦う武器になるというんだい」


「つまり、僕らの持つ、異常なジーニーに関して、それが異常な理由を知りたい。――順を追って話をします」


 そして僕は、ジーニー・ルカの異常な能力について一通り説明をする。

 その異常な能力が、注意深く隠されていることも。

 それが単に削除されるのではなく隠された理由には、何か過去の大きな決断が関係しているはずだ、ということも。


 ――すなわち、これは歴史問題なのだと。


「……なるほど。マジックの次は、ジーニーか。君たちは、人類が新しい宇宙時代を築いた新技術の歴史を一通りマスターしていくつもりなのだね」


「すみません、正直に言うと、僕には、アンドリューさんくらいしか頼る人がいなくて」


「いいとも。僕が役に立つなら。それに、そのテーマは、技術史に興味を持ち始めた僕にはうってつけだ。研究成果論文に僕を連名で入れてくれるという条件で、引き受けようじゃないか」


 そう言ってアンドリューは笑った。


「アンドリューさん、ジュンイチが歴史研究の学生ってのは嘘なんですってば」


 セレーナがすかさず訂正するも、


「それでもさ、君たちはきっと偉大な歴史研究家になる。セレーナさんも、王女なんてつまらない仕事はやめて、ジュンイチ君の助手になればいいのに」


「やめてください、ジュンイチが勘違いしちゃう」


 そんなことで勘違いするほど僕だって子供じゃない、と言いたいところだけれど、彼にそう言われてちっとも悪い気はしないどころか、僕の、歴史研究家になりたいという保留した思いは再びむくむくと首をもたげつつある。


「実をいうと、ジーニーの黎明期には謎が多い。気が付いた時には、すでに実用化されていたんだ。ああ、僕も、技術史研究のとっかかりに、現代の花形技術、ジーニー、マジック、カノンについては一通り勉強したんだよ。その中でも、ジーニーにははっきりしないことがあまりに多いんだ」


 アンドリューの話に、僕は思わず興奮して聞き入った。


 当たり障りのない当たり前の教科書で説明されているのとは違う、本当の専門家の視点で見たジーニーの歴史。

 それは、あまりに謎が多いのだ、と彼は言う。

 興奮せずにいられるだろうか。


「歴史上もっとも最初のジーニーらしきものが登場するのは、政策システムとしてだ。いくつかの国で、試験的に採用されたらしい」


「それは、今、政府が使っているような用途で、ということでしょうか」


「そうとも言えるしそうじゃないかもしれないとも言える。おそらく、ジーニーの原型は、政策システムとしての政府の極秘プロジェクトだったのだろうと思う。だから、技術開発の歴史があまり残されていない」


「と言うことは、その極秘プロジェクトの中に、僕らのジーニーがおかしなことになってしまった記録が埋もれているかもしれないということですね」


「そうだね、もしそれが注意深く隠されているのだとすれば、それが極秘だった時代の名残と考えるのがもっともらしいと思うよ」


 アンドリューはそう言ってから、机の上の情報端末を引き寄せて操作し、いくつかの資料を呼び出す。めくりながら、話を続ける。


「しかし、その始まりが分からないんだ。記録上、ある時、いつの間にか、ジーニーらしき政策決定システムが、そこにある。もちろん、さかのぼってみると、そのシステムのための予算が付けられた痕跡はあるんだが、明らかに空白期間があるんだ。見てごらん」


 そう言って彼が示した資料を僕は覗き込む。


 それは、ある共和国の政策決定システムの運用記録だ。

 標準歴二百九十年ごろ……つまり七百年近く前。政策決定システム導入の予算が計上されている。

 しかし、運用記録のもっとも古い日付は、標準歴三百五十五年。


 その間、六十五年!

 いくらジーニーが超越的なシステムだったとしても、六十五年もの歳月を必要とするだろうか?

 三世代もの間、成果の出ないシステムに対する予算執行が認められるものだろうか?


「ほかにも似たような記録のある国がいくつかある。予算自体は、二百五十年ころから、三百二十年ころに計上されているのに、運用記録は三百五十年から三百六十年ころにようやく始まっているんだ。最も長い国で、百年もの空白がある」


 彼は、同じような記録をリスト化させて端末に表示させる。


「いくらなんでも不自然ですね。政府が新技術に対して導入予算を計上するときは……たいていは、すでに技術として確立したもののはずです」


「その通り、相変わらず鋭いね、ジュンイチ君は。技術開発のためなら研究費として計上されているはずで、そちらに関しては、残念ながら僕の見た範囲でジーニーに投資された予算は見当たらなかった。もちろんまだこれから調べてみるつもりだが」


 科学技術費としての予算は、探せばいずれ出てくるだろう。それがすぐに見つからないことはあまり問題とは思えない。


 それよりも、導入予算が計上されてから最大百年もの空白期間が存在すること。


 実は導入予算計上の数年後には政策システムとしてジーニーは導入されていて、記録が始まるまでのその間に、何かが起こったのではないか。

 ジーニーの秘密の機能が人類に大災厄をもたらすような。


 それを隠すために、秘密の機能に関する記録は注意深く宇宙中から消し去られたのだ。

 そんな芸当をやってのけなければならないほどの危険が、その機能にはあった、そう考えるしかない。


「ジュンイチ君、君はたぶん僕と同じことを考えている。僕も、君のジーニーの話を聞いて、それをひらめいたんだよ。この謎の期間を説明する仮説として」


 僕は黙ってうなずいた。

 セレーナは、例によって、話の深刻さについていけずに、ぼうっと自分の爪を眺めている。


 僕は、もう一度さっきアンドリューが示したリストを眺めてみる。

 全部で三十から四十くらいの惑星共和国の名前が載っている。

 不思議なことと言うべきか分からないけれど、ほとんどが単一惑星国だ。少なくとも大樹ロックウェルの構成国家はひとつもない。


「アンドリューさん、僕はこの中のどこかに行ってみようと思います」


「待ってくれ、ジュンイチ君、行くと言ったって、行ったところで何を見ようと――」


「時間がないんです」


 僕は彼の言葉を遮った。


「僕らには時間がない。時間がたてばたつほど僕らは不利になる。僕らの戦争手段は詭計奇策の類で、相手に準備の時間を与えることは避けたいんです」


「それでも、この中のどこに行こうと言うんだい」


「必要なら全部に」


 そのとき、ふと気が付くと、セレーナが僕らの見ているリストを覗き込んでいる。


「……君なら、どうする?」


 僕は、この際、セレーナの無意識に任せてみることにした。僕やアンドリューが恣意的に選ぶのがあてずっぽうなら、彼女がやっても同じだ。だったら、余計な先入観の無い彼女に任せてみたい。


 僕の言葉を聞いてちらりとこちらを一瞥し、セレーナは再びリストに視線を落としたかと思うと、そのうちの一つを無造作に選択して、詳細を表示させた。


 予算可決が二百九十二年、最古の運用記録が三百五十五年。リストの大半を占める典型的なパターンのその国の名前は、アルカス共和国。


「……ここでどうかしら」


 そして、何の説明もなく、彼女はそう言った。。


「なぜだか、そんな気がします。アルカスこそ、私たちの行くべきところだと」


 あるいは、彼女の宇宙国際地図のおぼろげな記憶の中に、この国の名前に引っかかるところがあるのか。

 目的地を断言するセレーナの瞳には、なぜか、そうに違いないと思わせる確信の色があった。



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