第4章1 文化祭1&マラソンの日ランアンドゴー
学校の文化祭の季節が近づいていた。
そろそろ暦上は梅雨だが、その間を縫って行われる。
情報科の一年J組では古典的だが、神社の占いブースとそれにイメージを合わせた大正メイド喫茶を企画することになった。
クラス会議で展示内容が決まると、拍手が響いた。
そして黒板には占いブースのプログラム担当に俺の名前が記されていた。
まあ何もしないよりは、なんかしたほうがいいか。
「んで、俺にそのプログラミングをやれと」
「私は助手! 絵ならお任せを」
「ハルが描くのか?」
「うん。そのつもり」
そういえば、絵は上手いんだったな。
なんというか以前の、マナちゃんは何でもできる事件を思い出すと、どちらかというとハルのほうが何でもできるのではないかという疑惑がある。
それならそれで別に俺はいいんだけど、ハルも忙しいのではないのだろうか。
いや、別に言うほど忙しくはないのかな。
今回は、ベタなプログラミングの場合、けっこう学習初期に作るプログラムに近い。
ただしウェブサイトにして一般からアクセス可能なようにする点、文化祭が終わっても、しばらく使えるようにする点などは、今までとは違うところだ。
とにかくやる他ないか、と頭を切り替える。
「マナちゃん、今日はいつになく真剣! カッコいい!」
「茶化すなって」
「ほんとだもーん」
「まったく」
「いひひ」
ハルは隣で珍しく今日はタブレットで絵を描いている。
そういえばキャラクターの絵を描くと言っていた。
本当ならキャラクターも細かく動かせるといいんだが、けっこう難しいかもしれない。
余裕があったらやろうと心のメモ帳に走り書きしておく。
いや、TODOリストに入れておくか。
今回の作業をバックアップも兼ねて、ウェブ上に非公開プロジェクトでアップしてあるので、そこの進捗管理に入れておく。
そういう、次やる今度やるというのをTODOといって、プログラム上に簡易的に書く方法もある。
そのキーワードが「TODO」なのだ。
プログラム全体を検索して、TODOを集めたものがTODOリストというわけ。
他に不具合や制限の箇所をメモる「FIXME」などがある。
それから明らかな不具合の箇所には、そのまんまBUGと書くこともある。
NOTEはメモ書きを、HACKは動くけどハックコードといって作りとしては技巧的で微妙なコードなどにつける。
他にもあるけど、まあ今回はここまで。
こういうのをアノテーションコメントという。
「どう、進んでる?」
「順調、順調。怖いくらい」
「バックアップは取ってね」
「あー今やる」
「それじゃ開発続きも、よろぴっぴ」
「おう」
まずサイトはシンプルイズベストを目指す。
サイト構成はペラ一枚で、ハンドルネームを入れると、現在の年月日とその名前を使ったシード値を設定する。
そこからラッキーカラー、ラッキーアイテム、「大吉、中吉、吉、凶、大凶」を擬似ランダム関数で決定して表示するように作る。
テーマは神社風で、鳥居の絵を描いてもらって、巫女さんの絵も用意。
占うボタンを押すと、巫女さんの絵が紙のついた棒、大幣というらしいけどもそれを左右反転して振っているように見せる。
五秒後に占い結果を表示する。
同じ名前の人は同じ日は同じ結果だ。名前が違うと乱数も違うので結果が異なる。
毎日見れると、日付ごとの占いになるので、ちょっと楽しい。
データーベースとかを使わず、名前はクッキーというブラウザ側データで一時保存しておく。
そのため、次回以降は同じ名前が表示されて、入力を省ける。
こういうセキュリティーを意識した設計は重要な要素だ。
学校でインシデントなんて新聞沙汰になってしまう。
ちょっとキョウカ先輩にも意見を聞いてみた。
「あー私、競技プログラミングばっかりやってて、プロダクト作ったことほとんどないんだよね」
「えっ? マジなんですか、その腕で?」
「うん。だって、めんどっちいし」
「ははー」
「まあ、そういうわけで、頑張ってくださいにょ。よろぴっぴ~♪」
相変わらずのキョウカ先輩であった。
役立たねぇと思ったのはここだけの話である。
それでも心の底から尊敬はしてるんだけどね。それはそれである。
クラスでは和風神社喫茶を開いて、そこでお披露目をするという予定でいる。
大正ロマン風の袴で接客するメイド喫茶だ。
サイトはほどなくしてベータ版が完成し、クラスメートにお披露目をした。
ベータ版ではまだ絵の枚数が揃っていないので、ラッキーアイテムの数が少ない。
「どう?」
「まあ、いいんじゃない? ハルさんの絵のセンスがいい」
「やっぱ絵があると違うよな」
「だよねえ」
大吉とかの表示を大きくして、目立つようにしてある。
お賽銭のシステムとかも実装可能だけど、今回は面倒なのとあくまで学校の行事であることから、実装しないことがこの前、決まった。
題して「塩凪工業情報科神社」どうだろうか。
他のメンバーは喫茶店の準備を進めていた。
売るといっても、既存のジュース、紅茶とコーヒーを中心に、クッキーやカステラなどを販売する。
既存製品のみなので、保健所も大丈夫らしい。
そんなある水曜日。
「ほら、走れ、走れ」
「森河先生~、そんな~」
「ほら、特にマナカ君、ファイトだ」
「ううう、先生」
俺たちコンピュータ部は走らされていた。マラソンだ。
学校の敷地の周りを何周かする。
ノルマは一キロでけして長い距離ではない。
しかしパソコンオタクの俺にはそれでもきつい。
毎日自転車を漕いでる分は鍛えているとはいえ、あまり体力がないのだ。
それにもともとこの体は、筋肉が付きにくいみたいなんだ。
生粋のインドア派だった。
先のほう、先頭を走っているのは、やはりハルで短距離と長距離では筋肉が違うといっても、さすがに体力はある。
春の遠足でも見せた元気パワーは健在だ。
そしてハルにも劣らないのが、二年生の山崎ツヨシと高山ヤマトで、余裕の表情で汗をかきながらも、爆走していた。
そのあとに平部員が続いており、最後尾に俺という布陣である。
森河先生はパソコン部の顧問で、見た目は筋肉の長身タイプだ。
普段はウェイトトレーニングなどをして筋トレして鍛えている本物で、情報科には見えない。
どうみても体育教師なのが謎なところだ。
実はこれでも双子姫のお父さんであり、ファミリーカーの白いワンボックスで学校に通勤していた。
脳筋なのか頭脳派なのかは、実際のところ分からないが、すごいことだけは分かる。
今は自転車で生徒たちを監督している。
「先生、もうだめです」
俺がヘタると森河先生が自転車で寄ってきて、メガホンで声を掛けてくる。
「もう少しだぞ。ゴールすることが重要なんだ」
「は、はあ」
「最後まで諦めない、心だ。ファイト、マナカ君」
なるほど。一理ある気はする。
パソコン部の伝統らしく、入部早々から水曜日は走らされている。
雨の日はお休みで木曜に日に延期になる。
ところでキョウカ先輩はなぜかマラソンは免除されており、一人で観戦している。
スマホで動画を撮り、記録係をしているようだった。
こういうところも女王の貫禄があってずるい。
「ほら、マナカ君。もうちょいだ。ここがゴールラインだよ」
「はいっ、先輩」
「ささ、速く速く」
「おう、いえーい」
俺たち最後尾組も必死に走る。
カメラ越しのキョウカ先輩に応援されながら、ゴールを決める。
「終わったら、早く帰れよ。俺が帰れないだろ。がっはっは」
森河先生ときたら、最後にはこれだ。
双子姫が家で待ってるんだと。
まあ俺も「「パパぁ~」」なんてダブルで言われたら、家に速攻帰ると思うから、理解はできる。
奥さんと娘さんたち、家族思いなのだ。
普段のなんとなく怖そうな先生とはとても思えない。
いや、怒んなければそんなに怖くはないけどね。顔が怖いんだよね。
まあとにかく、これがパソコン部の日常だったりする。




