第3章3 勉強会2&夕日プライマリーメモリー
四人でさっとサンドイッチで昼ご飯を済ます。
午後になりミウがやってきた。
「こんにちわーーぱおぱお」
「ぱおぱお。こんにちは、ミウちゃん」
ハルとミウが軽くハグを交わす。
この二人は高校からの付き合いだが、一番の友達であり、親友なのだそうだ。
よく俺のことをアレだとかコレだとか品評しているらしい。
まぁ、別にいいけど……。
ハル曰く「私の心のオアシス」だと言っていた。
「クッキー焼いてきたわよ。あとで食べましょ」
「ありがとう、ミウ」
「いいのよ、これくらい」
さて気を取り直して、勉強会を再開する。
プログラミングと一言に言っても実はいくつか種類がある。
まず教科書的に言われるのは、インタプリターとコンパイラーの言語だ。
インタプリターはインタプリター用のプログラムがテキストを読み込んで一行ずつ解釈しながら実行していく。
未来の部分はやってみるまで分からないので、実行中に文法エラーや型エラーなどが出て止まることがある。
コンパイラーはこれもプログラムだが、テキストを読み込んでそれに対応したプログラムを書き出す。
読み込み段階である程度のエラーがチェックされる。
このときのエラーがコンパイルエラーという。
ファイルや入力、現在日時、マウス操作などは実行してみないと分からない。
そうしてプログラムを実行中に出るエラーを実行時エラーという。
ヌルポという言葉を見聞きしたことがないだろうか。あれはヌルポインター・エクセプションといい、ポインターがヌルのときの実行時例外という種類のエラーだ。
これだけ説明されても分からないとは思うが……。
そしてこれだけでは話は終わらない。
プログラムは普通ならコンパイラーでマシン語になっている。
しかしいくつかの言語では、仮想マシンになっていてCPUに関係ない汎用の命令セットにコンパイルするものがある。
JAVAなどが代表例だ。
汎用命令セットでできたバイナリファイルを仮想マシンの専用プログラムを通して実行する。
これは一種の仮想マシン言語のインタプリターのように振る舞う。
ただし高速化のために、JITコンパイラーというのがあり、仮想マシン言語をネイティブのマシン語に翻訳しながら動かすものがある。
JavaScriptなどもインタプリターだが、今はJITが実装されていて、昔よりも遥かに高速化されている。
時計の針が三時を指していた。
「よし、三時だ。クッキー食べようぜクッキー」
「はーい。じゃあ私、お茶入れようか」
「あ、サンキュー」
勉強会を一時終わらせて、今度は紅茶を入れる。
ちなみにうちのテーブルは六人掛けだ。
両親とばあちゃんとじいちゃん、ハルと俺を合わせて六人座れるように大きいのを昔買ったのだ。
本当は妹も欲しかったそうだが、結局一人っ子だった。
その代わり、両親はハルを可愛がっては一緒に連れて行ったりしていた。
母親は当時は専業主婦で、父親が死んで俺たちが中学に上がってから再就職した口だった。
それまで父親が休みの日には、なんやかんやハルも連れてお出かけしたものだ。
「クッキーうまぁ」
「チョコレートのと、あとこのナッツの美味しいぃ」
「でしょハルちゃん。お気に入り」
「もうこれだけでお店を開けるんじゃない?」
「かなぁ?」
「ハルさん、そんなにミウをおだてると、木に登りそうだ」
「うぐう、カイめ」
やれやれとカイがミウを冷やかす。
バタークッキーのシンプルな美味さ。
それからチョコ入りのはその甘さが強いワンポイント。ナッツは香ばしい木の実の風味がいい。
確かに小さなお店くらいなら出せそうだが、どこまで本気かはよく分からなかった。
カイとミウが結婚して、カイがIT会社とかで働いて、ミウが小さな趣味のお店をやる。
そういう幸せもあるのかもな。
なんだか、他人ながらほっこりする話題だ。
俺とハルはというと、IT社長だもんな。俺がCTOってところか。
別にこのまま今の仕事を続けてリバーサイド・テクノロジーに正式に就職してもいいんだけど、それだとIT社長にはなれない。
それかリバーサイドに入った後、社内ベンチャーとかやって独立という線もいけるか。
俺が未来のことを考えているとも知らず、みんなニコニコクッキーを食べて、お茶をすする。
やっぱりクッキーはなんとなく気分を変えて、紅茶だ。
俺やハルは砂糖にミルクだが、カイはストレート、トウマは砂糖だけ、ミウは逆にミルクだけ入れている。
こうやって集まっても、紅茶の趣味はバラバラでも、こうして一つにまとまるんだから不思議なもんだ。
勉強会を再開し、夕方解散になった。
「カイ、このままアニメ鑑賞会だ」
「いいぞ、トウマんち行こう行こう」
ナカチュウはアニメ鑑賞会をすると盛り上がっている。
「それじゃあ、またね。ばいばい」
ミウは手を振って一人で帰っていった。
カイと一緒に遊びたいのかもしれないが、トウマも遠慮がなかったので、今回は譲るみたいだった。
なんだか、それはそれで切ない恋をしていそうだ。
「また二人っきりになっちゃったね」
「ああ」
ハルは俺の家に残り、しみじみという。
まあ、どうせ明日から学校でまた会うんだから、何ということはないのだけど。
「みんながいなくなると、急に寂しくなるね」
「だよな。なんだか気温まで下がった気がする。逆にこれから暑くなるってのに」
「そうだよねぇ、不思議」
ハルが俺の隣にギュッとくっついてくる。
頭までこちらに傾けてきて、ドキドキしてしまう。
シャンプーの匂いなのかやはりハルはいつもいい香りがする。
「楽しかったね。みんなもいいけど、二人なのも好き」
「そうか?」
「うん。マナちゃんの隣、落ち着く」
「ふむ」
なんだか今日は甘えんぼさんだな。
どちらかというと、いつもはお姉さんぶるというのに。
「今日はもう陽が落ちちゃったから、明日、夕日見に行こ」
「いいぞ」
「約束だからね!」
「おお。放課後、学校で」
「うん。約束だよ」
こうして手を振って帰っていった。
今日の甘えんぼは何だったんだろうな。
なにか寂しい思いとかあるのだろうか。
翌日の放課後。
俺とハルは夕日が沈む時間に近づくまで、自主勉強をしていた。
教室の席に座り、テキストを開いて問題を解いて覚えていく。
この作業が嫌いな子もいるのだろうが、俺は知的好奇心からか、思った以上に楽しく感じる。
こう、なんというか、知識欲が満たされる感じが好きなのだ。
「ハル、そろそろ帰るか」
「うん……」
「どうした?」
「なんでもない」
「そっか?」
「ずっとね。ずっとこのままだったらなって」
「なんだそれ」
「学校生活だって永遠じゃないでしょ」
「そりゃそうだ」
「寂しいなって」
「そうだな、うん」
ハルを連れて教室を出る。
自転車に乗って移動して、高台へと向かう。
「わああああ」
「おお、いい景色だ」
「マナちゃん、すごい」
「だな」
「ずっとこうしてたい」
「一瞬だからな、本当に一瞬」
「うん! ログに保存する!」
「ログか」
二人で夕日が沈んでいくのを眺める。
街に明かりが灯り始め、空が茜色に染まる。
だんだんとその色はグラデーションになって黒く染まっていく。
太陽は西へと沈み、山の向こう側へと帰っていく。
ハルの顔は夕日に照らされとても綺麗だ。
亜麻色のクルクルヘアーが風に揺れて、なんだかドキドキしてくる。
まるで瞳に吸い込まれそうな錯覚さえする。
「ロマンチックだった!」
「よかったな」
「うん、最高」
俺たちは自転車に乗り、家に帰っていった。
「じゃあまた明日!」
「おう、また明日」
ハルの自宅の前で別れる。
ハルの家は小学二年生の時に建てた新築さんでまだ十分新しい。
二階建てで小さな庭付き、白い壁が今風で今の時期は庭の木々も青々としている。
俺は一人、自分の家へと向かった。
家には母親が作ってくれてあったカレーが残っていたので、それを温めて食べる。
今日の夕日は綺麗だったな。
ロマンチックで、二人の仲は急接近、なんて思ったものの、別にそういうわけでもなく。
少し期待してしまったが、なんだかバカみたいでもある。
まあ、女の子よりプログラミング、なのが俺たちなので、これはしょうがない。
『ハル:マナちゃん、写真撮っておけばよかった』
『マナカ:そういえばそうだな、夕日』
『ハル:だよねえ、そう思うよね。ショック』
『マナカ:ログには記録したんだろ?』
『ハル:うん、心のログだよ。共有メモリー』
ちらりの夕日に照らされたハルの横顔を思い出す。
やはり写真に撮らなかったのは損失だったな。
反省しつつ心のメモリーを思い浮かべ、ベリファイのごとく反芻するのであった。
ちなみにベリファイというのは、正常に処理されたか、書き込んだデータを読み込んでチェックするような行為をいう。
確認する、検証するといった意味だ。これも試験にしばしば出る。覚えておこう。




