第7章1 キョウカ&ハル、イビルプロット
夏休み最後の日。
「んじゃ、そういうことで。私は今日で引退するわ」
「マジ……なんですね、キョウカ先輩」
「ああ、幽霊じゃないんでね。ちゃんと三年で卒業する予定」
「ですよね」
山崎ツヨシと高山ヤマトが泣きべそをかいている。
二人は二年の先輩で両方とも情報科だ。
プログラミングの女王キョウカ先輩を崇拝する宗教団体を率いる幹部である。
メンバーは校内外合わせて百人以上だと言われている。
俺の知らないキョウカ先輩の背景である。
それはそうとキョウカ先輩、京香という字を書くのだけど、その元ネタはスーパーコンピューターの「京」である。
京は日本語の数字の補助単位である万、兆、京、亥のケイだった。
当時、世界最速を誇る伝説の日本製スーパーコンピューターだった。
世界でも主流ではないベクター型の処理装置を持ち、一躍一位に躍り出たのだ。
『二位じゃダメなんですか』の舞台でもあった。
ということでキョウカ先輩のご両親もコンピューター関係者なのはほぼ確定なのだろう。
トンビの子はトンビとかいうのとは逆だが、例のアレである。
小さい頃からコンピューターの英才教育とか受けてるのかな、想像するとちょっと怖い。
俺も親の背中を見て育った口なので痛いほどに分かる。
天才なのかと最初は思っていたのだけど、実は秀才側なのかもしれない。
キョウカ先輩も努力してきた賜物なのだ。
コンピューターの歴史も今はここまできたといえよう。
こうして世代交代していくと思うと、まだ高校一年生のペーペーの俺なのに泣いてしまいそうだ。
「ほら、新部長はツヨシだ。しっかり務めるように」
「分かりましたあああ、キョウカ先輩いいいい」
これにはツヨシ先輩も号泣である。
ガタイのいい百八十センチもこの通りだった。
「これが本当に最後の、よろぴっぴ、かもね。んじゃ新部長、よろぴっぴ~♪」
「はい、ぐすぐす。……任せてくだサインシータ」
このようにツヨシが定型句を返す。
この「任せてくだサインシータ」がよろぴっぴへの応答だと、誰かが思いついて広まっている。
しかし、みんな口には出さないが、明確にこれはダサい。
そういうネタである。草。
工業高校では角速度とかいって交流電源を使うのに普通にサインなどの三角関数を扱うので、このネタはある種のあるあるだった。
情報科でも電気、電子は基礎を習う。
まったく本当に誰だよ、最初に言い出したやつ。責任取ってくれ。
翌日。
放課後にパソコン実習室に行くと、冷房がガンガン効いたサーバールームには、いつものようにキョウカ先輩がいる。
「やあ、こんにちは」
「あれ? 引退したって言うからてっきり来ないかと」
「部長は引退した。けどまだやること残っててさ、ちょっとやっかいなのがあって」
「左様で」
「聞きたい?」
「いや、聞いてもどうせ理解不能なんで」
「よく分かってるじゃん」
「専門的すぎるんですよ。先輩のはガチの意味が違う」
「えへ、そんなに褒めなくても」
「褒めてません」
高速でキーを打ち続けたかと思うと、俺の方へ振り返りニコニコ笑顔を以前のように向けてくる。
「私はまだ作業があるんでね。アイスブラック買ってきてくれる? マナカ君」
「はい、お任せください」
ということで相変わらず今日も俺は百円自動販売機にコーヒーを買いに行く。
俺たちの暑い夏はもう少しだけ続きそうだ。
セミの声を聞きながら、ハルと一緒に玄関へと足を急いだ。
夏休みも終わって、九月中旬。
まだここ塩凪市は暑い盛りだ。はやく涼しくなってほしいと思う反面、この暑い夏こそ青春の一ページだと思うと、なんだか複雑な思いだ。
◇
じゃじゃーん。私こそが遠藤ハル。ハルちゃんって呼んでね。
それでなんだけど、ミウちゃん主導で私の恋を応援してくれるチャットを用意してくれてあるんだ。
『システム:ミウがルーム名を「マナカの心のファイアウォール完全突破大作戦♡」に変更しました』
『カイ:なげえよ』
『トウマ:でも的確かもな、あはは』
『ハル:ちょっとま、私まだ何も言ってないよ!』
『ミウ:ハルちゃん、もう限界でしょ? あのニブチン。
文化祭のフォークダンスだけでも赤面して悶えていたじゃん。
観覧車でも「頭近すぎて死ぬかと思った」って言ってたし』
『ハル:まあぁそうだけどぉ』
『カイ:マナカは鈍感すぎるからな。こっちから何か仕掛けないと一生、プログラミングが大事とか言ってそうだ』
『トウマ:でだ、どうする?』
『ミウ:そうねぇ?
①マナカが格好いいところを見せる機会からムード爆発、告白へ
②みんなで「恋も前へ」と発破をかける
③ハルちゃんから逆告白、マナカも逃げられまい』
『ハル:みんなありがとう~でもぉ、恥ずかしいよぉ』
『ミウ:んじゃ何か仕掛けよう。共有ファイル名をマナカとハルの恋愛ネタにするとかどうよ』
『ハル:学校のファイルにイタズラするってこと?』
『ミウ:うむ。バックアップは取っておいてさ』
『ハル:みぅー』
『トウマ:まあそんくらいなら大丈夫じゃね』
『カイ:だな。失敗しても「みんなのイタズラでしたー」でなんとか』
私はスマホ画面を見ながら顔を赤くなるのを自覚しつつ、ニヤニヤする。
マナちゃん……なかなか恋が進展しないんだもん。
ちょっとくらいイタズラで後押し、してもいいよね。




