第6章3 海プール2ブルーオーシャン
「お昼にしましょ」
「おう、何にする?」
「焼きそば」
「だよな、やっぱり焼きそば」
「マナちゃん、買ってきてくれる? よろぴっぴ」
「ああ」
俺とハルは意見が一致してニヤリと笑顔を交わす。
それを見ていたナカチュウが寄ってくる。
カイがさっそく口を開く。
「おや、マナハルは意見の一致により、ずいぶんと仲がよろしいようで」
「まあな」
「お、今日は余裕の返しでござるか?」
「なんだそりゃ」
「拙者、まだ修行中の身でござんして」
「そうだったな」
カイは自分を追いかけてくるミウにあまり興味がないように見える。
しかし、それはそんな風に思えるだけで別に嫌いなわけではなく、あれはあれで好きなんだよな。
二次元アニメにほとんどのリソースが持ってかれているので、あまりそういう風に見えないだけで。
残念ではある。まったく残念だよ。
一方、トウマはというと、あーんしごっこである。
お互いが自分が持っている焼きそばを相手に食べさせあっている。
ああいうのもプレイって言うんですかね、先生。
「美味しい」
「美味しいね!」
あげく、このアマアマ空間を二人で作っている。
俺たちも本当にああなるのか、マジか。
ちょっと想像できない。
むしろ今のまま進展しない可能性のほうが高い。
ちょっと自分で言うとグサっとくるな、それはそれで。
あまり分析ばかりしているのもよくないか。
ハルは俺の隣で焼きそばを美味しそうに一人で食べている。
俺も普通に焼きそばを自分で食べている。
なんだか、俺たちのほうが変で、あっちのほうが普通なのかと錯覚しそうなぐらいで、怖い。
「どうした、ハル」
「ううん、なんでもない」
「そうか」
ちらっと俺を見ては、焼きそばを口に入れるハル。
ちょっとあーんやりたいのかもしれない。
でも、人の少ない中庭と違って、ばっちり見られまくりのこの状況で俺にはキツい。
すまんなハルよ。
俺は、このソースの絡まった麺を口に放り込んで、キャベツやニンジンのアクセントを一人で楽しみたいんだ。
麺の硬すぎず柔らかすぎない、この食べやすい口当たりを楽しみながら、口に次々と入れていくのがうれしい。
青海苔と鰹節の風味も素晴らしい。
ザ・焼きそばという定番の美味しさが、鉄板メニューである証だろう。
鉄板で焼くだけに。なんちって。
「げほげほ」
「大丈夫、マナちゃん?」
「大丈夫、ちょっとむせただけ」
「よかった」
本気で心配してくれるハルに、親父ギャクを考えていてむせたとか言えないよな。
あははは。一人で心の中で笑っておこう。
休憩も終わる頃。
ハルが席を外し戻ってきて、椅子に座った。
その瞬間を俺は正面の席で見てしまったのだ。
「なに、マナちゃん? どうしたの?」
「胸が揺れる、物理演算だな」
「なにそれ??」
あきれ顔で返してくるハル。
俺は続けて考察する。
「もっとこう、揺すってくれ」
「え? そんなことするの? ちょっとだけだよ、もう」
ハルがなぜか照れた赤い顔をして、もう一度立って、座りなおしてくれる。
ぷるん。
胸がそれにあわせて揺れる。
「ふむ。こうスローから入って加速するのか?」
「ちょっとマナちゃん、変態みたい、やだよ」
「いいから、もういっかい」
「いやだって言ってるでしょっ」
ハルが海に向かって走って逃げていく。
「あっ、今、いいところだったのに、ハル!」
「もう、マナちゃんの、バカあぁぁぁ」
その後ろ姿を見て、俺は今度、お尻の物理演算を考える。
胸ほどではないが、お尻も揺れるのだな。
バシャーンと海に入っていくハルを追いかける。
「マナカ、お前、天才かよ」
カイがあきれ顔でからかってくる。
それどころではないんだ、今、頭の中で式が組み立てられそうなのに。
「ハルちゃんだってそりゃ逃げるよ。工藤君、死刑!!」
「うおおおい」
俺は今、計算式を考えているのだ。
「違う! 物理演算の式が出来上がりそうなんだ。リアルタイム演算が!」
ハルが放った海水は俺に思いっきりぶっかけられ、演算は止まってしまった。
ガッデム。
夕方、泳ぐのも疲れてきたので、水から上がる。
「勉強するぞ、勉強」
「今日は何?」
「えっと、関数とメソッド」
「なにそれ」
プログラミング言語に関して、インタプリターとコンパイラーの話は覚えている。
それ以外にも様々な観点から、分類されたりする。
その一つが、関数型言語といわれるものだ。
これは関数が第一級オブジェクトだったりするもの、というのだろうか。
すべてが関数でできていて、なんでも関数というと語弊がありそうだが、イメージとしてはそんな感じだろうか。
構造化言語で勉強した人から見ると、読むのも書くのもちょっと難しいことがある。
そしてその構造化言語だ。これはif文、for文、switch文のような制御用構文を書いてプログラムを実行していくタイプ。
BASIC、C言語など基礎の言語に多い。
構造化する際にはインデントして見やすくするのが多数派だろうか。
しかし古いBASICは、この辺は後述するアセンブリ言語に少し近い構造を持っている。
GOTO文などがそのアセンブリ的な典型的な機能だといえる。
普通は関数の実行や呼び出しもできる。
「構造化言語は分かるよ。括弧とか使ってインデントして」
「そそ、そういうの」
「括弧使わないタイプの言語もあるんだよね」
「うん。歴史的にヨーロッパの言語に多い」
「へぇ」
そしてその発展的な立ち位置のオブジェクト指向言語というものもある。
これらは関数とは言わず、メソッドと呼ぶことが多い。
メソッドはオブジェクトに関連付けられ、オブジェクトを操作するものとして定義される。
オブジェクトは複数のデータをひとまとめにして扱う方法なのだが……。
これだけを文字にすると分かりにくいが、実際にやってみたほうが早い。
あとはアセンブリ言語だろうか。
これはコンピューターの命令文に対して多くが一対一対応していて、人間には分かりにくい。
しかし分かっている人が書くと、最適化などができて高速に動作することがある。
ただし現代では、一般人ならコンパイラ言語を使ったほうが多くの場合、良い結果が得られるとも言われている。
「なんか、カイ君に動けばいいんですよって言われそう」
「まあ、それはそう」
「そうなんだ」
「うん」
ハルがカイをダシにしてくる。
ナカチュウ、カイの言い分も一理はある。
細かいことは気にしてはいけない。
ただし試験は細かいことを気にする必要がある時もあるので、注意だ。
「ああそうそうHTMLのこと忘れてた」
「なになに」
HTMLやCSSは多くの人はプログラミング言語とは言わない傾向がある。
こういうのはマークアップ言語という。テキストを装飾するための言語という意味。
計算するための言語ではないので、一応区別される。
マークアップ言語には他に、マークダウン、リッチテキスト、Wiki記法などがある。
それからTeXやMathMLなども一応はマークアップ言語だろうか。
微妙な立ち位置のデータ構造を定義する言語というのもある。
構造化データ、というらしい。こういうのではなくベタ書きのテキストは非構造データという。
JSONはJavaScriptのデータ構造をそのまま書いたものだ。
CSVはカンマ区切りのデータ、TSVはタブ区切りのデータだ。
XMLはHTMLを発展させたデータ構造定義言語だ。元になった類似言語にSGMLがある。
YAMLは独特な形式だが記述量が一般的に少なめ。
他に、表計算ソフトのデータファイル形式を使うこともあるね。
「HTMLならハルちゃんも分かるわー」
「だよな、手伝ってもらったもんな」
「ういうい」
夜。浜辺で焚き火を見ながら、みんなで並んで座っている。
炎は後夜祭のキャンプファイアーと違ってそれほど大きくなくて、優しい感じがする。
その向こう側で波が寄せては返す。
ハルが頭をこちらに倒して寄りかかってくる。
「マナちゃん。私のこと、本当は……どう思ってる?」
「そうだな……」
しかし俺が答える前に雨が降り出してきて、上を見ると大降りになりそうだ。
さっとハルの手を取り、立ち上がらせる。
「守るよ」
「そっか」
そっけない会話。でもそれだけでも通じる部分もある。
本当は、好きだと言いたい気持ちもある。
しかし幼馴染には一歩を踏み出すその勇気が、長年の関係が邪魔をする。
俺たちの本当の関係。
兄妹のような距離感の二人の恋。
いっぽうで同じ兄妹のような二人なのに、ラブラブをキメているトウマとカナエちゃん。
何があの二人と違うのだろうか。
同じような仕様のパソコンパーツでもメーカーで細部が違ったりする。
当たりメーカーもあればハズレのヤバいメーカーだって存在したりするのだ。
俺たちも、同じ幼馴染というパーツでも、メーカーが違うのだろうか。
雨の中から手を引いて走ってコテージまで戻る。
その途中、ふと昔のことを思い出す。
俺が小学校で「パソコンオタク」とクラスでからかわれ、いじめられそうになった、ある日。
ハルはお姉さん口調で言ったのだ。
『やめなさいよ。そんなのマナちゃんの才能なんだから』
ハルは俺のオタク趣味を才能として評価し、言い負かしたのだ。
女子のほうが強い年頃とはいえ、ハルだって勇気が必要だっただろう。
俺をかばって、頑張ってくれたあの日から、ハルへの思いを深めていた。
それ以前から思いはあったが、自覚的になったのはあの事件からだ。
ふとした瞬間、俺たちはお互いを支えてここまで頑張ってきた。
俺が一方的にハルをどうこうするだけではない。
ハルも多くのことを俺にくれたのだ。
中学の頃はちょっと距離を感じていたけれど、高校へ上がってそれも吹っ切れたのか、今のハルとの関係がある。
コテージに入って一段落したところで、ハルが一言。
「次は本気で勉強モード。ね?」
「あ、ああ」
俺はそれに曖昧に返事をした。
恋も勉強も。ハルはいつもミニスカ・アルゴリズムに従い行動している。
俺はどうしたらいいのだろうか。答えの出る日は来るのか。
共有メモリーは確実に増え、その容量を増やしている。
もっともっと先に進めるはずだ。テクノロジーの進化を信じるように、自分たちの進化を。
俺たち二人の距離もなんとなく、少し縮まった気がする夏休みの日だった。




