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ミニスカ・アルゴリズム ~マナカの情報技術試験と幼馴染ハルの脆弱性~  作者: 滝川 海老郎


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第5章2 中間テスト2&観覧車と花火スクリーンショット

 学校の中間テスト、本番。

 俺たちはペーパーテストをしていた。

 こういうのもコンピューターテストにならないだろうか、とは思いつつ、必死に解く。

 ふむ、なんとなくできる気がする。

 これ、あってるかな?

 しかし問題は一問だけじゃない。次の問題に移らないと。

 一問、また一問と機械のように解いていく。


「はぁ、終わった」

「どっちの意味で終わったの?」

「試験が終わりました。人生が終わったって意味じゃないぞ」

「なんだ、悲観でもしてるかと思っちゃった」

「ハルといっぱい勉強したからな」

「そうだね。いひひ」


 二人でハイタッチを交わす。

 やっと試験も終わったし、遊びに行きたいものだ。


「観覧車、乗りに行こうぜ」

「いいの?」

「もちろん」


 俺たちは放課後に自転車に乗って、市内の観覧車へと向かった。

 港湾部の商業施設に併設されているのだった。

 横浜とかのマジものの都市部と違い、あまり人気があるわけじゃないので、並ばなくていいのが逆に気に入っている。


「わわ、はじまりまーす」

「パフパフ」


 二人でゴンドラに入って揺れる。

 風は微風。天気は晴天。そろそろ夕方でもう少しで日が暮れそうだ。

 東のほうには富士山がどどんと見えており、春の終わりなのでもう雪が少ない。

 赤富士というが、夕日に染まる富士の山は間違いなく美しい。

 それにしても風が強くなくて本当に良かった、なぜなら――。


「ハル、今はもう怖くないのか?」

「うん、マナちゃんがいるから大丈夫」

「そっか」


 ハルが俺の正面ではなく横にぴったりとくっついてくる。

 香るシャンプーかそれとも女の子の特有の匂いなのか、甘い香りがする。

 くっつけた側は温かくて柔らかい感触がある。


「昔、小四くらいか、祭りがあって――」


 俺とハルが小四の頃、小さな祭りの日に親と一緒に観覧車に乗った。

 ところが、ハルはそれはもう必死になって怖がったのだ。


『高いところ、怖いよ、マナちゃん!』

『大丈夫だ、ハル、落ち着いて』

『怖い怖い怖いよ、マナちゃん、なんとかして』

『そういわれても』

『もうマナちゃんにぎゅっとくっついている!』


 頂上付近に達したとき、富士山を見る余裕もなく、風が吹いてゴンドラが揺れた。


「きゃああ、揺れた、揺れた」

「ハル、大丈夫だ。ほらこれ金属で来出てるし頑丈だから」

「マナちゃん、言い方。うぅぅ怖いもんぎゅってする」


 ハルは俺に抱き着いて、一切離れなかった。

 そのハルは今でも思い出せる。

 小さい体にまだ細い手足。その手は震えていて、小鹿みたいというけれど、本当にそんな感じ。

 俺はハルの背中に腕を回して、その背中を撫で続けた。

 観覧車から降りてからも、しばらくくっついていたっけ。


「今はもうマナちゃんぎゅってしてれば平気」

「そうか」

「見てみて、富士さーん」

「ああ、よく見えるな」

「私登ったことないんだ」

「俺もないぞ」

「大変なんでしょ?」

「らしいね」


 小さい頃、あの日はゴンドラから見られなかった富士山。

 富士山はそこらへんから見えるものの、やはり高い位置からだと迫力が違う。

 今はハルと二人、こうして富士山を眺めることができる。

 ここの観覧車はそういう二人の記憶の外部共有メモリーであり、証人だった。


「海の向こう側まで見える」

「そうだな」

「反対側には町!」

「俺たちの町だな」

「うんっ」


 道路では車が進んでいき、小さな人々も見える。

 これが俺たちの生活圏のすべてで、なにもかもが見渡せた。


「来てよかった!」

「うんうん」

「写真! 一緒に撮ろ」

「おう」


 二人で写真に納まる。

 以前の夕日は撮り逃したこと、この前のフォークダンスはちゃんと写真に残せたこと。

 いろいろな記憶が頭をよぎる。


 カメラの前で二人で並ぶ。

 顔を近づけないと一緒に収まらないので、顔を並べる。

 なんだか、ここまで頭と頭を近づけるのは久しぶりかもしれない。

 ドキドキとしているのは俺だけだろうか。

 ハルはカメラの映像に飛びきりの笑顔を向けていた。

 俺も必死に笑顔を作り、シャッターを切る。


 パシャ。


「もう一枚」

「はいチーズ」


 パシャ。


 デジタルになっても、シャッター音は同じだ。

 もちろん実際にシャッターが閉じているわけではないのは知っている。

 昔は全部機械と化学でできていたんだよな。

 フィルムの感光も化学物質の現象の一つで、それで写真になる。

 現代でもリチウムイオン電池だって化学電池といえばそうだけど、やっぱり化学っぽさは昔よりだいぶ失われつつあるように思う。



 試験結果が発表され、答案が戻ってきた。


「あっおお……」


 俺は声が出なかった。

 あれだけ頑張った故障率の問題がケアレスミスの計算間違いで不正解だったのだ。


「マナちゃんどうしたの?」

「故障率、間違えた」

「うっそう、あんなに頑張ったじゃん」

「計算ミスなんだ。でも間違いは間違い。結果は事実としてある」

「そっか、残念だったね」

「ああ、他は満点近いのにな」

「だよねぇ、肝心なところでミスしちゃって、マナちゃんらしいけどね」

「どうして」

「肝心なところ、マナちゃん、抜けてるんだもん」

「そうか?」

「そーだよ。例えば、プログラミングは完璧なのに、女の子のことちゃんと考えられないところとか」

「ぐぬぬ」

「でしょ」

「まあ、それはそうだ」


 俺はうなだれる。

 女の子のことは何も分からない。

 彼女たちだって、AIみたいなものだ。

 人間の知能もパターンマッチ、ディープラーニングによる人工知能と大差ないのでは、という論文もあるらしい。

 つまり、人間の知能だと崇拝しているものは、実は大したことがないのではないか、という説だ。

 それならプログラムの一種で、俺の得意分野のはずなのに、女の子の思考回路は俺のプログラミング能力では解読が困難であった。


「ガッデム」

「あはは、落ち込んじゃった」

「俺の故障率は上がりまくりです」

「なるほど、はやく修正パッチ当てないとね」

「ああ」

「私が、治してあげようか、特別な方法で」

「なんか怖い」

「大丈夫、痛くないよ」


 ハルが顔を近づけてきて、唇をアヒルみたいにする。

 ププッと二人で笑う。

 どこまで本気か分からん。俺は再びうなだれた。

 女の子はなんも分からん。



 俺とハルは俺の家の二階、俺の部屋でいいムードだった。

 別にあんなことやこんなことをするためではない。

 先にハルがベランダに出て、夜空を見上げる。

 ベランダの柵にくっついて、上を見ている。

 なんというか体にフィットする服装をしていて、ホットパンツのお尻がこちらを向いているのがちょっとけしからん。

 その格好でぴょこぴょこ跳ねるものだから、余計お尻が強調されている。

 俺はそっと視線を外して、またゆっくりお尻に戻す。

 昔はもっとちっちゃいお尻だったと思うのだが、成長するものだ。


 俺も邪念を振り切って、ハルの横へと進む。


「今日は快晴だな。星空まで見える」

「ほんと、綺麗だよね」

「こういうのカメラじゃあんまりうまく写らないんだよな」

「うん。写せる人もいるけど、不思議だね」


 俺とハルは肩を寄せ合い、空を見上げる。


「これも青春かもな」

「え、何?」


 ハルは聞き返したけど、沈黙する二人。

 今は、答えなくてもいい。二人を夜空がそっと見守っているようだった。


 それからしばらくして、空には大きな変化が起きた。

 下から一筋の明かりが上がってくる。


 ドーン。


「お、始まったよ。マナちゃん」

「ああ、塩凪花火大会」

「また、マナちゃん家で見れてうれしい」

「そうだな」


 小学校の頃は、うちのこのベランダが特等席で、俺たちは毎年ここで見ていた。

 しかし少し疎遠で距離があった中学の頃は、俺は一人寂しく勉強をしながら、花火を見上げていた。

 それが高校になって復活して、俺たちはまた同じベランダから花火を見ている。


「うれしいな。マーナーちゃん」

「そうかそうか」

「うひひ」

「花火か……自由落下の計算式が浮かぶな。世界はすべて物理計算でできてんだ」

「もう、マナちゃんってば!」

「なんだ? 今、頭の中で再現に忙しい」

「女の子も、少しは見てよ……」


 ハルが涙目で笑った。なんだか美しいと思った。

 この涙は計算式でできているだろうか。

 計算して涙を流しているという意味ではない。

 すべての自然現象、この俺たちの住んでる世界そのものが誰か上の世界の存在のシミュレーションのプログラムだというSF的解釈がある。

 結果は42だそうだ。

 ハルが頭をそっと押し付けてくるので、俺はその頭を撫でた。

 ――まだ、言葉にはできない。


 スマホが振動している。


『カイ:おい、マナカ、ハルちゃん、見てるか花火』

『トウマ:俺たちはすぐ近くの会場で見てるよ。いえーい』


 ナカチュウは今日も元気なもんだ。

 大きな花火の写真が添付されていた。


『ミウ:私もナカナカと一緒に行けばよかった』


 これはミウだ。今頃は家から一人で見ているのだろう。

 ミウの家はマンションの上のほうだから、綺麗に見えるに違いない。

 部屋が狭いとよく愚痴っているが、こういうときは特等席だな。

 ミウも部屋のベランダから撮った写真を送ってくれた。

 地方都市には高層ビルが少ないので、花火の全貌がよく見えている。


「私とマナちゃんで、乾杯」

「乾杯!」


 ブドウの炭酸ジュースで二人は乾杯する。

 お供にはビーフジャーキーだ。オーストリア牛肉でサクラのチップで燻製されてる。

 コンビニに売っているものだが、ちょっと本格的で俺は好きだ。

 なんだか異世界の干し肉みたいだな、って思ってたまに食べる。

 異世界産に比べれば、この世界のビーフジャーキーはびっくりするぐらい美味しいと思う。

 醤油ベースの味付けがついており、硬すぎず柔らかすぎず、ほどよい乾燥具合。

 塩胡椒も異世界より贅沢に使える。その風味がいい。

 異世界では大抵、胡椒は高価だというのが定番設定なのだ。

 かなり研究されて作ってるんだろうな、と思うものだ。


「花火だ、どーん」

「どーん」


 二人で盛り上がる。

 夜はそっと更けていった。赤、青、黄、緑、紫、そしてピンク。

 光の花は夜空に咲き誇って消え、また新しく咲き誇る。

 何回も打ち上がるが、これもまた一瞬のメモリーなのだろう。

 メモリーは一時記憶装置だ。ちゃんと共有メモリーを通して、保存しておかなければな。

 現代のメインメモリーは電源がオフになると内容が消えてしまうため、補助記憶装置にコピーが必要だった。

 補助記憶装置というのはHDD、SSD、フラッシュメモリーとかのことだ。

 花火は俺とハルの勉強の頑張りを、応援してくれているのかと、勝手に思うことにする。

 こういう時くらいは、自分勝手な解釈もまあいいんじゃないかな。

 夜空と花火に、そしてハルに、そっと乾杯。


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