終章
王宮・執務室──
春の穏やかな日差しが差し込む中、私は執務机に積まれた書類に静かに目を通していた。
そんな私の元に、勢いよく扉が叩かれる音が響く。
「兄上!」
声の主はもちろん分かっている。
次の瞬間、扉が開き、弟――ユーリが満面の笑みを浮かべて現れた。
「……随分と上機嫌だな、ユーリ」
私が呆れ混じりに告げると、ユーリは嬉しさを隠しきれない様子で言葉を続けた。
「カティアが……懐妊しました!」
その言葉に、一瞬だけ動きが止まる。
だが、内心の驚きはすぐに微笑みに変わった。
「そうか……良かったな」
「はい!」
ユーリの顔は、かつて見たことのないほど柔らかく、幸福に満ちていた。
あの理性的な弟が、ここまで感情を隠さずに喜ぶ姿――
(……まぁ、あれだけ四六時中、仲睦まじく過ごしていれば当然だ)
記録官から日々届けられていた報告書の数々が脳裏をよぎる。
もはや疑いようもない日常の光景だった。
「兄上、本当に……ありがとうございます。兄上が理解を示してくださったからこそ、私はカティアを守り抜けました」
「……礼など要らん。お前はお前の道を歩んだだけだ」
私は軽く肩を竦める。
「だが、これで少しは王家も賑やかになるな」
「ええ! 絶対に幸せにします、カティアも、これから生まれてくる子も――」
そう言って、ユーリは深々と頭を下げる。
私は静かに頷き、穏やかに告げた。
「……お前が幸せそうで、何よりだよ。ユーリ」
窓の外では、春の光が優しく王都の街を照らしていた。
(――これで、あいつの物語は一つの区切りを迎えたのだな)
ユーリとカティア。
長きに渡る二人の歩みは、ようやく本当の意味での幸せの形を手に入れた。




