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十八歳の誕生日当日。
ルナ離宮は、華美になりすぎない品のある装飾で整えられていた。
この離宮で迎える四度目の春――だが今日という日は、これまでとはまるで意味が違う。
カティアはイレーネの手で着付けを整えられていた。
「……本当にお美しいですわ、カティア様」
鏡の前に立ったカティアは、思わず息をのんだ。
淡く光る亜麻色の髪に映えるのは、鮮やかなサファイアの髪飾り――かつてユーリが贈ってくれたもの。
そして、今夜選ばれたドレスは彼女の髪とよく馴染む柔らかな黄色の衣。
(ユーリの瞳の色を飾り、髪の色を纏って……)
自然と頬が熱を帯びていく。
「……似合っているでしょうか?」
「もちろんですとも。殿下は今夜、必ず見惚れられますわ」
イレーネが微笑みながら頷く。
(いよいよ……この日が来たのね)
自然と胸の内に緊張が高まる。
けれど不思議と、怖さはなかった。
「……ありがとう、イレーネ。行ってまいりますわ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
◇ ◇ ◇
用意された食堂の扉を開けると、すでにユーリが待っていた。
「カティア」
その視線がカティアの姿をとらえた瞬間、微かに息を呑む気配が伝わる。
「……綺麗だ」
優しく穏やかな声。
カティアは自然と笑みを浮かべた。
「ありがとう、ユーリ。あなたにそう言っていただけて嬉しいわ」
互いに微笑みを交わしながら、二人は席に着く。
食卓には、豪華すぎず、それでいて心のこもった料理が並んでいた。
全て、ユーリがカティアの好みに合わせて選んだ品々だ。
「十八歳の誕生日、おめでとう、カティア」
「ありがとう、ユーリ」
軽く杯を交わしながら、二人きりの晩餐は静かに進んでいく。
窓の外には、春の夜空に浮かぶ柔らかな月。
それを背景に、淡く揺れる燭台の炎が二人を優しく包み込んでいた。
(ずっと夢見ていた、この瞬間)
長い年月を共に歩んできた二人にとって、ようやく訪れた“本当の始まり”の前夜。
食後のデザートを終える頃には、自然と沈黙が心地よくなっていた。
「……では、私はこれから少し支度を整えますわ」
カティアが静かに立ち上がると、ユーリも柔らかく微笑む。
「ああ。……ゆっくりおいで」
(今夜、ようやく――)
二人の間に言葉は要らなかった。
それでも確かに、互いの想いは通い合っていた。
こうして――
十八歳の誕生日の晩餐は静かに、甘やかに幕を下ろしたのだった。




