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カティアが十八歳の誕生日を迎えるまで、あと数日となっていた。
季節は春の初め。王都にも柔らかな陽光が降り注いでいる。
だが――カティアの心は、穏やかな日差しとは裏腹に、そわそわと落ち着かない日々を過ごしていた。
「……はあ」
ルナ離宮の執務室の窓辺で、彼女は何度目かのため息をついた。
隣ではイレーネがくすくすと笑いを堪えている。
「カティア様、そんなに緊張なさらなくても……ユーリ殿下はすでに長期休暇をお取りになっていますし、準備は万端ですよ」
「……わかっておりますわ。でも……こうしてずっと離宮にいらっしゃると、やはり意識してしまいますの」
カティアの言葉に、イレーネは頷く。
そう――
ユーリは今、完全に執務を離れ、長期の休暇を取って離宮に滞在していた。
その理由は、カティア自身も十分に理解している。
後宮に出入りする男子は基本的に、避妊の魔法薬を服用して後宮に入ることが定められている。
ユーリも外交担当の王子として、それを続けてきた。
だが――
「十八歳の誕生日には、きちんと妃として迎えたい」
そのためにユーリは、王太子殿下に正式な休暇申請を提出し、承認を受けていたのだ。
(あの王太子殿下が、ため息混じりに許可を出してくださったと伺っておりますものね……)
カティアは少しだけ頬を染めた。
「とはいえ……ユーリと正式に初夜を迎えるのだと思うと……」
そこまで口にして、カティアはさらに真っ赤になる。
イレーネは微笑ましそうに笑いながらも、優しく言った。
「カティア様なら、きっと大丈夫です。……それに、殿下は今までずっとお優しかったでしょう?」
「……ええ。でも、だからこそ……なのです」
(ユーリは、今までずっと私のために――理性を保ち続けてくれた)
十四歳の時から、形式上は正妃であった。
だがユーリは、一度たりともその一線を越えたことはない。
今になって、改めてユーリの愛情の深さを実感し、胸が熱くなる。
「カティア様?」
イレーネが不思議そうに覗き込む。
カティアは微笑み返し、小さく頷いた。
「――ありがとうございます、イレーネ。……大丈夫ですわ。私、頑張ります」
(この日を迎えられるのは、ユーリのおかげなのですもの)
頬に柔らかな紅を浮かべながら、カティアはゆっくりと深呼吸をした。
こうして――
十八歳の誕生日を控えた、静かで甘やかな数日が始まったのだった。




