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王宮・謁見の間の奥、極秘の書庫室――
そこに、私は王太子殿下と陛下に伴われて足を踏み入れていた。
静まり返った空間の奥で、陛下がゆっくりと一冊の記録簿を取り出す。
「……ユーリよ。今回の一件が収束した今だからこそ、見せるべき記録がある」
それは、十四年前――
私の母、サファイア宮妃アンリエットが亡くなった際の内部調査報告書だった。
「事故調査官の極秘報告だ。本来は、王位継承問題の混乱を防ぐため、封印してきたものだが……」
私は無言で頷き、書面に目を落とす。
──サファイア宮妃殿下急逝事案・調査報告
・表向きは流行病死と処理
・死因は毒殺と断定
・毒物は茶器より検出
・毒の盛られた茶は、元々は第六王子殿下に供される予定だった
・当日、妃殿下が王子殿下に代わり茶を口にする
・直後に体調急変、急逝
・警備体制強化により、以後のサファイア宮侵入は困難化
私は、頁をめくる手が震えた。
「……私が、狙われていた……」
低く掠れた声が漏れた。
王太子殿下がゆっくりと頷く。
「第一王子暗殺事件以降、ダイヤモンド宮派閥の矛先はサファイア宮に向かっていた。母上は、それを察していたのだろう」
陛下も静かに続ける。
「母親として、お前を守るため……その場で毒を飲んだのだ。お前の身を護る盾となるために」
私の胸の奥で、何かが強く震えた。
(……あの時、私は何も知らず、ただ泣き叫ぶばかりだったのに)
「母上は……ずっと……私のために……」
喉の奥が詰まり、膝が崩れそうになるのを必死で堪えた。
王太子殿下がそっと私の肩に手を置く。
「ユーリ。今だからこそ、真実を伝えたのだ。お前は、ここまで立派に歩いてきた」
陛下も優しく微笑んだ。
「母上はきっと、今のお前を誇りに思っているであろう。既に憎しみは、誰の心にも残してはおらぬ」
私は俯き、静かに涙を零した。
母は――
最後まで、私を守り抜いてくれていたのだ。
◇ ◇ ◇
その夜。
私はカティアを静かに自室へと招き入れていた。
「ユーリ……?」
「……全部、終わったよ」
私は静かに、今日知った全てを彼女へ打ち明けた。
母の選択。
サファイア宮に張り巡らされていた陰謀。
そして――
自分が、どれほど母に愛されていたのかを。
話し終えた私を、カティアは優しく抱きしめた。
「……ユーリ。貴方は、決して一人ではありませんわ」
「カティア……」
「貴方の母上も、王家の皆様も。そして、私も。貴方を守り、共に生きてゆきますわ」
私は、カティアの胸元でそっと涙を零した。
今はただ――
この温もりに包まれて、穏やかな夜を過ごせることが、どれほど幸せなことかを噛み締めながら。
──こうして、サファイア宮を巡る長い因縁も、静かに幕を閉じたのだった。




