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春の風が熱を帯びて、夏を連れてきはじめたころ――
ルナ離宮の執務室で、私は静かにカティアの報告を聞いていた。
「──これが、今回引き出せた証言の詳細ですわ」
カティアは丁寧に整えた書簡を私の前に差し出す。
その端正な文字には、貴族婦人たちの茶会で交わされた何気ない会話の断片が、巧みにまとめられていた。
「バルモント家の動きは、やはり――水面下で広がりつつありました」
「……やはりな」
私は低く息を吐く。
バルモント家。
母の実家にして、かつて第一王子暗殺疑惑の渦中にあった家門。
そして今、王家における序列を取り戻すため、再び静かに蠢いていた。
「カティア。よくぞここまで聞き出してくれた」
「皆様、驚くほど口が軽いものですわ。少し傾聴すれば、隠しておきたい本音が自然と零れてまいります」
穏やかな微笑を浮かべる彼女に、私は改めて誇らしさを感じる。
──この妃は、王宮にとっても私にとっても、かけがえのない存在だ。
◇ ◇ ◇
それから数日後――
私は信頼できる重臣を伴い、密かにバルモント家当主との会談を設けていた。
互いに名指しは避ける。
だが言葉の端々から、互いの腹の内は既に晒されている。
「……誤解があってはなりませぬぞ、第六王子殿下。
我らが王家に対して不敬など、微塵もございませぬ」
「ならば、今後は一切の無用な動きを封じていただきたい。今の王家には、安定のみが求められている」
「……無論でございますとも」
バルモント家当主の口元には、引き攣った笑みが浮かんでいた。
証拠の一端を既に押さえている以上、強く出ればそれで十分だった。
◇ ◇ ◇
そして――決定的証拠を手に、私は父王の私室を訪れた。
「──陛下。バルモント家の件、これがすべてでございます」
書簡を差し出す私に、父王はわずかに目を細めた。
「……よくここまで詰めたな、ユーリ」
「すべて、妃殿下――カティアの働きによるものです」
静かに頷いた父王は、しばらく黙考したのちに命じた。
「よかろう。表沙汰にはせぬ。王命として、遠方の辺境領地へと転封させる」
「感謝いたします」
「これ以上、王家に火種を残すわけにはいかぬからな」
静かな決断が、玉座を穏やかに守る王の采配なのだと、私は胸の中で深く納得していた。
◇ ◇ ◇
こうして――
バルモント家は王命により、王都から遠く離れた寒村へと左遷されることとなった。
名誉も、家そのものも保たれた。
だが、その政治的影響力は、今後完全に失われていくだろう。
そして、かつての旧派閥貴族たちも王太子・第四王子陣営へと静かに吸収され――
王位継承問題の火種は、完全に鎮火へと向かっていった。
──まさしく、アレスト王国流の「粛清」である。
(これで――ようやく)
私は静かに、胸の奥の重石が解けていくのを感じていた。




