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夜。
執務を終えた私は、カティアを自室に招き入れていた。
灯りを落とした室内は柔らかな光に包まれている。
カティアは緊張した面持ちで私の隣に座る。
私は深く息を吸い込み――
ゆっくりと語り始めた。
「カティア。君が知る通り、私はサファイア宮の妃の子として生まれた」
「……はい」
カティアは小さく頷く。
私は視線を宙に向け、遠い過去へと思考を沈めていった。
「サファイア宮は、元々は王位継承の順ではダイヤモンド、ルビー、サファイアで、第三位になる。だが、当時の第一王子が暗殺され――事態は大きく動いた」
「……暗殺……」
「その犯人として真っ先に疑われたのが――私の母の生家、バルモント家だった」
私は苦笑混じりに呟いた。
「正確には……母は知らなかったのだ。動いたのは母方の家だ。
第一王子の座が空けば、サファイア宮に順番が巡ってくると踏んだのだろう」
カティアは唇を噛みしめていた。
だが私は続ける。
「結果として、証拠は上手く揉み消された。だが、その報復は――すぐに訪れた」
ほんの一瞬、言葉が喉に詰まった。
私は無意識に拳を握る。
「……私の母は、“流行病”で亡くなったと公表された」
「でも――」
「――毒殺だった」
静かに告げた瞬間、カティアの手が震えた。
私はそっと彼女の手を握り直す。
「やったのは現正妃――ダイヤモンド宮の背後の者たちだ」
「……!」
「もっとも、証拠など残ってはいない。だから“表向き”は今も流行病のままだ。
私は、何もできなかった。幼かったから、何も守れなかった」
そこまで語り、私は深く目を伏せた。
カティアの細く柔らかな指先が、そっと私の頬に触れる。
「……ユーリ」
「母を守れなかった私が、王太子争いなどする資格があると思えなかった。
だから、私は――剣を学ばず、王位継承権を捨てた」
「そのかわり……外交の道を選ばれたのですね」
「……そうだ」
カティアの声は、涙を堪えるように微かに震えていた。
それでも、彼女は凛として私を見つめ続けている。
「もう……お一人ではありませんわ、ユーリ」
その囁きは、胸の奥に優しく沁み入る。
「貴方が一人で背負う必要などないのです。私も、ここにいます。これからも、ずっと」
私はその言葉に、救われるような気持ちになった。
(――ああ、本当に……)
「ありがとう、カティア。君がいてくれて、本当に良かった」
私は彼女をそっと抱き寄せた。
その温もりが、凍えた心をゆっくりと溶かしていくのを感じながら――
静かに、夜は更けていった。




