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春の穏やかな陽射しがルナ離宮の中庭を照らしていた。
カティアと共にブランチを終えた私は、執務室へと足を運ぶ。
既にノルベルトが控えており、私の入室を待っていた。
「殿下。少々厄介な報告がございます」
「……何かあったのか?」
私はノルベルトの表情に、ただの政務報告ではないことを即座に察した。
「バルモント公爵家が、近頃水面下で動きを活発化させております」
その名を聞いた瞬間――
心臓の奥が、わずかに冷えたように感じた。
バルモント公爵家。
――私の母の生家であり、サファイア宮の後ろ盾であった家だ。
「具体的には?」
「貴族間での献金や婚姻の打診が急激に増加しております。
さらに、陛下周辺への工作も散見されます。もちろん、今のところは法の範囲内ではありますが――」
私は小さく息を吐いた。
(……表向きは”政略の活発化”。だが――)
これは明らかに、次なる王位継承問題へ備えようとする動きだ。
ここ最近、王家周辺の空気が少しずつ変わり始めていた。
その兆候は、既にカティアも察していた。
その彼女が、静かに私の横に進み出る。
「ユーリ、これは……」
「……カティア。バルモント家は――私の母方の家だ」
「……!」
カティアは息を呑んだ。
それ以上、彼女は何も言わなかった。けれど、その手がそっと私の袖を握る。
私は、静かに微笑みを返す。
「少し長い話になる。……今夜、君にすべてを話そう」
「はい。……お聞かせください」
ノルベルトは静かに一礼し、私たちの時間を邪魔しないよう執務室を退出していった。
こうして――
私は長く封じてきた“過去”へと、再び向き合う決意をしたのだった。




