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カティアが十七歳を迎えた春――
王宮内では、定期的に催される貴族夫人たちとの社交茶会が開かれていた。
今や王宮に常駐する王子である私の正妃として、カティアはすっかり常連のひとりとなっている。
「まあ、カティア殿下のお召し物は本日もお見事でございますわ」
「お言葉ありがとうございます、伯爵夫人」
微笑を絶やさぬカティアは、いつも通り穏やかに応対を続けていた。
貴族たちの関心は、彼女の立ち居振る舞い、教養、そして政務や外交の場で見せる手腕へと自然と向けられていく。
──だが。
今日の茶会には、これまでとは僅かに異なる“色”が漂っていた。
(……妙ですわね)
カティアは内心で冷静に観察を始める。
話題の端々に、さりげなく挟まれる《王家の今後》という言葉。
「……やはり、陛下の御代もお健やかではございますが、お年を召されましたものね」
「ええ。王太子殿下は盤石にございますが……」
「とはいえ、外交の場では第六王子殿下もご活躍ですわね。今後ますますお頼もしく……」
一見すればただの世間話。
だが、その声色や視線の揺れに、カティアの鋭い耳が敏感に反応する。
(……盤石と称しつつ、なぜわざわざユーリ殿下の名を持ち出すのかしら?)
幾度も繰り返される、まるで両殿下が並び立つ可能性を仄めかすような言葉。
貴族たちが慎重に、静かに、空気を探っているのが伝わってくる。
(まるで――どちらの未来にも備えようとするような……)
◇ ◇ ◇
茶会を終え、カティアはルナ離宮へと戻った。
私は執務室でカティアの帰りを待っていた。
「おかえり、カティア」
「ユーリ。少々、王宮の空気が妙ですわ」
私は目を細める。
「妙?」
「貴族たちが――あまりにさりげなく、《今後の王家》を話題にしておりました。まるで、王太子殿下に何かある前提で、ユーリを意識しているように感じます」
「……やはり、君もそう感じたか」
私は軽く溜息を吐いた。
実のところ、ここ最近、私のもとにも微かな動きが届き始めていた。
だが、まだ表面化は避けられている段階だ。
(王太子殿下の御身は健やかだ。陛下のご寵愛も揺らいでいない。それでも……)
──それでも、周囲は少しずつ「可能性」を探り始めているのだ。
私はゆっくりとカティアの手を取り、穏やかに微笑む。
「心配はいらない、カティア。私は王位を望んでなどいない。君がいれば、それで良い」
「ええ。……ですが、あまりにも周囲が騒ぎ始めますと、思わぬ波が生まれるのではと危惧いたしますわ」
その眼差しは真剣だった。
(……本当に、賢い娘に育ったな)
私は内心で少しだけ誇らしく微笑む。
「ありがとう。君の観察力に感謝するよ」
そう言って、私はカティアの手をそっと引き寄せ、額に口づけた。
こうして――
王位継承問題の“匂い”が、静かに動き出そうとしていた。




