45
客間に案内された私たちは、静かに席に着いた。
やがて扉が開き、リディア様が小さな籠を抱えて現れる。
その中には――まだ生まれて間もない、小さな命が眠っていた。
「この子が、私たちの娘ですわ」
そっと顔を覗き込んだカティアが、息を呑む。
「……まあ……」
可愛らしい寝息。小さく握られた拳。透き通るような柔肌。
それは、これまでカティアが接したどんな存在よりも、儚く、愛おしいものだったのだろう。
リディア様は微笑みながら、カティアに声をかけた。
「良ければ、抱いてみます?」
「……えっ?」
カティアは一瞬たじろぐも――すぐに小さく頷いた。
「……恐れ多いですが、失礼いたしますわ」
慎重に、リディア様の手から赤子を受け取るカティア。
小さな身体を腕に抱き上げた瞬間――その表情が、ふわりと柔らかくほどけた。
「……小さい……あたたかい……」
カティアはまるで宝物を扱うように、優しく赤子を揺らす。
赤子も心地良さそうに小さく口を動かし、眠り続けていた。
私は隣でその様子を見つめながら、静かに胸が熱くなるのを感じていた。
(……カティア)
その姿は、まさしく未来の母のようだった。
リディア様がそっと囁く。
「とてもお上手ですわ。カティア様、きっと素敵なお母様になられることでしょう」
「……いえ、まだ私には想像もつきませんわ。ただ……とても、幸せな気持ちになります」
カティアの声は、自然と震えていた。
だがそれは、怖れではなく――新たな感情への驚きゆえだった。
私はカティアの肩にそっと手を置く。
「大丈夫だよ、カティア。……ゆっくりでいい。君が母となる日は、まだまだ先の話だ」
「……ユーリ」
カティアは私を見上げ、小さく微笑んだ。
その微笑みは、ほんの僅かに照れたようで――けれど、確かに未来へと続く光を宿していた。
◇ ◇ ◇
やがて赤子は静かにリディア様の腕へ戻され、宴は続いていく。
その後も穏やかに時は流れ、アレクシス殿下夫妻、王太子夫妻、聖女サクラ殿下との和やかな歓談が続いた。
アルセリア王国の祝福に包まれた訪問は――こうして、優しく幕を閉じたのだった。




