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執務を終えた私は、ルナ離宮へ戻った。
カティアはすでに私室で待っており、私の顔を見ると微かに緊張を滲ませて立ち上がった。
「ユーリ……」
「待たせたね、カティア。話があるんだ」
私はそっとカティアの手を取り、ソファに並んで腰掛ける。
カティアの細い指先が、ほんのわずかに震えているのが伝わってきた。
(……やはり、不安だったのだな)
「例の縁談の件だけれど――」
私は静かに経緯を語りはじめた。
王太子との協議、第四王子ラウル兄上への打診、そして最終的に彼が引き受けたこと。これで私の離宮に新たな夫人が加わることはないことを、丁寧に。
一通り説明を終えたとき、カティアはそっと俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「……本当に、良かったです」
「……カティア」
「正妃として、制度上は仕方ないことだと理解しておりました。けれど――」
ふるりと肩が揺れる。
カティアはゆっくり顔を上げ、潤んだ瞳で私を見つめた。
「けれど……もし他に方が来られたら、私は……私はまた、居場所を失ってしまうのではないかと……怖くて……」
その声は細く、けれど必死だった。
「後宮では、母のいない王女は、食事さえ満足に得られませんでした。居場所を作るために、ずっと必死でした。ユーリに拾っていただいてからも、ずっと――また捨てられるのではと、どこかで怯えていたのです……」
私はそっと彼女の肩を抱き寄せた。
細い体がわずかに震えながら、私の胸元へ寄り添ってくる。
「ごめん、カティア……怖い思いをさせたね」
私は彼女の髪に唇を落とし、囁くように続ける。
「だが、私は君を捨てたりしない。たとえ制度がどうあろうと――私の妃は、君だけだ」
「……ユーリ」
「君が泣くような思いは、二度とさせたくない。どんな王命でも、外交でも――私の意思は、揺らがない」
カティアは堪えきれず、小さく嗚咽を漏らした。
私は彼女が落ち着くまで、静かに背中を撫で続けた。
「ありがとう……ユーリ……私……幸せです……」
涙を流しながら微笑むその顔は、私にとってこの世で一番愛しいものだった。
(――君を守る。何があろうとも、必ず)
そう心に誓いながら、私はそっとカティアの額に口付けた。
◇ ◇ ◇
こうして、カティア十五歳の春――
新たな試練は静かに乗り越えられていったのだった。




