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王宮・王太子執務室。
私は兄上のもとを訪れ、執務机を挟んで向かい合っていた。
「忙しいところ、わざわざ時間を取らせたな、ユーリ」
「いえ、兄上。お招きいただき光栄です」
互いに軽く礼を交わし、椅子へと腰掛ける。
机上には、今回の縁談打診に関わる書簡が整然と並べられていた。
「さて――」
王太子は軽く息を吐き、静かに本題を切り出す。
「今回の件、お前の返答は、おおよそ想定内だった」
私は苦笑を浮かべる。
「はい。私としては、やはり他に妃を迎えるつもりはございません。カティア一人で充分です」
兄上は満足そうに小さく頷いた。
「だろうな。お前がそう申すと思っていた。だが、相手国との外交的な体面もあり、全てを拒絶とはできぬ事情もある」
「もちろん承知しております」
「そこでな──」
王太子は手元の書簡に指先を添えた。
「ラウル──第四王子にも、あらかじめ打診は済ませてある」
「ラウル兄上に……」
「“ユーリが辞退するのなら、私が受けよう”と快く了承してくれた」
兄上は穏やかに微笑む。
「軍務に明け暮れていたが、ラウルもそろそろ後宮を持つ時期だ。武功も充分、後ろ盾としても申し分ない。隣国もこの案に納得している」
私は静かに深く頷いた。
「御意にございます。ラウル兄上であれば、相手国も安堵しましょう」
「うむ」
兄上はにわかに口角を上げる。
「これでお前は、引き続き外交に集中できる。カティア殿下を大切にな」
「もちろんです。兄上」
私は改めて深々と頭を下げた。
(……兄上は、本当に私の立場を理解し続けてくれている)
◇ ◇ ◇
こうして――縁談問題は静かに収束へ向かった。
次は、これをカティアへ報告しなければならない。
(……彼女の安堵した笑顔を見るのが、今は何よりの楽しみだ)
私は静かに執務室を後にした。




