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翌日。
宮殿内の離れに用意された控えの間。
私はアレクシス殿下との会談を終え、控えの間でカティアが戻るのを待っていた。
今、カティアはリディア妃殿下、そして聖女サクラ殿下とのお茶会に招かれている。
(……まあ、カティアがしくじるとは思わないが――)
問題はそこではない。
むしろ私が内心でドキドキしているのは、別の理由だった。
(サクラ殿下が、余計な昔話――特に私がリディア妃殿下に求婚した件を蒸し返さないか、だ……)
カティアの聡明さは十分に信頼している。
だが、サクラ殿下は悪気なく色々と話してしまう節がある。
◇ ◇ ◇
そのお茶会。
優美に整えられた庭園の特設テラスにて、リディア妃殿下と聖女サクラ殿下がカティアを迎えていた。
「カティア殿下、本日はお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそお招きに預かり、光栄に存じますわ。リディア殿下、サクラ殿下」
カティアは深々と礼をし、席に着いた。動作一つひとつが実に洗練されている。
早速、紅茶が注がれ、菓子が運ばれる。
柔らかな微笑と共に、サクラ殿下が口を開いた。
「カティア殿下、本当にお美しいですわ……それに、もうすっかり正妃らしい風格ですのね」
「ありがとうございます。ユーリが、常に支えてくれておりますから」
「ふふ……ユーリ殿下は、本当に優しいお方ですものね」
そんな和やかな空気の中――
リディア妃殿下がふわりと微笑みながら口を添える。
「けれど、せっかくこうしてご縁ができたのですもの。今後はもっと親しくいたしましょう。私のことは“リディア”とお呼びくださいな」
それにサクラ殿下も乗ってきた。
「でしたら私も! “サクラ”でいいですわ。カティア殿下もぜひ、そう呼んでくださいませ」
カティアはわずかに目を丸くしたが、すぐに微笑み、慎ましく頷いた。
「……では、リディア様、サクラ様。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
「「ええ、こちらこそ!」」
三人の間に、ぐっと距離が縮まった空気が流れた。
◇ ◇ ◇
紅茶を一口含んだサクラ様が、ふと思い出したように小声で告げる。
「……あの、カティア様。本当に、以前は申し訳ありませんでした」
「サクラ様?」
「ほら……リディア様のご成婚の際、ついうっかり……その……ユーリ殿下がリディア様に求婚したことをお伝えしてしまって」
「ああ、そのことですね」
カティアはにっこりと穏やかに微笑んだ。
「大丈夫ですわ、サクラ様。驚きはしましたけれど、サクラ様は異世界から来られたばかりで、まだ私たちアレスト国の文化を詳しくご存じなかったでしょう?」
「うぅ……それは確かに……」
少しバツの悪そうなサクラ様に、今度はリディア様が優しく声を添える。
「文化の違いは仕方ありませんわ。むしろ、こうして誤解なくお話できる今が素敵なことですもの」
「ありがとうございます……!」
サクラ様はほっと息をついた。
すると、カティアが続けた。
「実のところ、アレスト国の王族には“兄妹”と申しましても、異母兄妹が多くございます。私とユーリも、母が異なりますの」
「まあ!」
サクラ様が目を丸くする。
「私の母は鉱石宮の部屋付き妃でした。ユーリはサファイア宮の妃の子です。アレスト国の後宮制度では、こうした異母兄妹同士の婚姻も法的に認められておりますの」
「……なるほど。確かに私の世界とはずいぶん制度が違いますのね……」
驚きつつも真剣に耳を傾けるサクラ様。
カティアは優しく微笑みながら、丁寧に説明を続けた。
そのやりとりを見守るリディア様の表情は、どこまでも穏やかだった。
◇ ◇ ◇
お茶会を終えて戻ってきたカティアは、控えの間に入ると私に小さく微笑んだ。
「ただいま戻りました、ユーリ」
「お疲れ様、カティア。無事に済んだようで良かった」
「ええ。サクラ様ともお友達になりましたわ」
その微笑みに、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(――昔のことを蒸し返されはしたが……カティアが気にしていないなら、もう良い)
──こうして、アルセリア王国訪問のお茶会は和やかに幕を下ろしたのだった。




