38
カティアと正式に成婚してから、初めての本格的な外交行脚が始まった。
今回は、かつてカティアに縁談を申し出てくれていた国への謝罪訪問でもある。
まず最初に訪れたのは、エルセヴェリア王国だった。
──元々、ここの王妃陛下がカティアを気に入り、自国の王子の妃候補にと打診してきたのだ。
既に成婚が成立している今、断りの礼を尽くすのが今回の最大の目的である。
そのため、カティアも外交随行として同行している。
(……正直、他国からすれば随分早い成婚に見えるだろうな)
婚約期間を経ず、王家の正妃として隣国に姿を現すカティアは、驚きを持って迎えられているに違いない。
とはいえ、正式に王家が認めた正妃となった今、彼女の立場は堂々たるものだ。
王都の凛とした空気の中、私たちの馬車は宮殿正門へと到着した。
門前では、エルセヴェリア王国国王夫妻、そして宰相が出迎えていた。
「遠路はるばるエルセヴェリア王国までのご来訪、誠にありがとうございます。アレスト国第六王子ユーリ殿下、ならびに正妃カティア殿下」
「こちらこそ、ご丁重なるお出迎えに感謝いたします。エルセヴェリア王国国王陛下、王妃陛下」
私が深く一礼すれば、隣でカティアも流れるように優美な礼を取った。
「このたびは突然の成婚により、せっかくのご縁談を辞退する形となりましたこと、改めてご無礼をお詫び申し上げます」
「お気になさらず」
王妃はにこやかに微笑んだ。
「王子殿下が心から愛するお相手を見つけられたのなら、それが何より幸いですわ。私どもも祝福の思いしかございません」
──おそらく建前半分、本音半分なのだろう。
けれど、その温かな言葉にカティアは小さく微笑んだ。
「身に余るお言葉をありがとうございます、王妃陛下」
こうして、無事に儀礼的な謝罪は果たされた。
その後、用意されていた晩餐会でもカティアは見事な立ち居振る舞いを見せ、王妃や王子たちと穏やかに歓談していた。
隣国の王子が少し名残惜しそうに視線を送っているのを、私はしっかりと見逃さなかったが――
(悪いが、譲る気はさらさらないよ)
内心で苦笑しつつ、私はカティアの柔らかな笑顔に目を細めた。




