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執務休暇もいよいよ最後の夜となった。
カティアと過ごす、この穏やかな数日が終わりを迎えようとしている。
私は先に寝室でカティアの到着を待っていた。
今夜もまた、イレーネの手によって丹念に着飾られたカティアが静かに入ってくる。
「カティアです」
「どうぞ」
その短いやりとりだけで、胸が自然と温かくなる。
今ではこの甘やかな時間がすっかり日常となりつつあった。
カティアはそっとベッド脇に歩み寄り、少し伏し目がちに微笑んだ。
「……今日も、ご一緒してもいいですか?」
「もちろんだよ。こちらへ」
私は手を差し伸べ、カティアを優しくベッドに引き寄せた。
自然と腕の中に収まった彼女からは、甘い香りがふんわりと漂ってくる。
(……癒される)
しっかりと抱き寄せたまま、そっと頭を撫でた。
「今日も君の話が聞きたい。私の話は、もうかなりしてしまったからね」
少し照れくさそうに言うと、カティアは微笑みながら頷いた。
「……では、少しだけ」
彼女は静かに語り出す。
「今、こうしてユーリの隣にいられるだけで、とても幸せなんです」
柔らかな声。その奥にある、確かな想いが胸に沁み入る。
「昔は、まさか自分がこうして誰かの隣で眠る日が来るなんて、思ってもいませんでした。今でも、夢のように思うときがあります」
私はそっとカティアの手を取り、微笑んだ。
「私も同じだよ。君が隣にいてくれるだけで、救われている」
ふと、ここで私は少しだけ迷い――けれど、静かに続けた。
「……実はね、カティア」
「はい?」
「自覚したのは……意外と遅かったんだ。君のことを妹として見ていた時期が長かった。でも、あの政略結婚の話が持ち上がったとき――君が遠くに行くかもしれないと考えた瞬間、ようやく気づいたんだ」
カティアの目が、わずかに見開かれる。
「……気づいた?」
「ああ。君を手放したくないと、心の底から思ってしまった。その時に、初めて……私は君を愛しているのだと、はっきり分かったんだよ」
赤面して俯いたカティアの肩が、かすかに震えていた。
「……ユーリは、ずるいです」
「え?」
「こうして優しくされるたびに……もっとあなたのことが好きになってしまいます」
(……耐えろ、私の理性)
静かに深呼吸しながら、そっと彼女を抱き寄せる。
「君は今のままで十分だ。まだ幼い……だから、私は約束を守る」
「……はい」
かすかな震えと共に返されたその声は、耳元で囁かれるたびに私の心を試してくる。
(あと数年……数年だ)
その覚悟が、今の私を支えていた。
◇ ◇ ◇
こうして執務休暇最後の夜も、
私はカティアの温もりに包まれながら、静かに朝を待つのだった。




