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夜――。
静まり返ったルナ離宮の私室に、控えめなノックが響いた。
「カティアです」
「どうぞ」
扉が開く。
今夜もイレーネの手によって、柔らかな輝きを纏ったカティアが姿を現した。
昨日よりもまた少し、大人びた雰囲気が彼女を包み込んでいる。
私は思わず息を呑みそうになるのを堪えた。
「こんばんは、ユーリ」
「こんばんは、カティア」
互いに微笑みを交わし、私はそっと手を差し伸べる。
彼女は自然とその手を取り、私の私室――寝室へと入ってきた。
(……イレーネにも、ノルベルトにも余計なことは言っていない)
十八になるまでは手を出さない――
自分で決めた約束。だが、それを他者の口に乗せるのは無用なリスクだ。
ノルベルトは気付いているだろうが、イレーネには知らせていない。
ベッドの縁に並んで腰掛ける。
カティアはやや緊張気味にこちらを見上げた。
「今夜は……どんなお話をしましょう?」
「今夜も、君の話が聞きたい」
私はそっと微笑む。
「私の話は……かなり話してしまったからね」
少し照れくささを滲ませると、カティアもまた、恥ずかしそうに微笑み返した。
「……はい」
彼女はほんの少しだけ視線を伏せ、静かに語り始めた。
「実は私、自分の気持ちを自覚したのは、随分最近のことなんです」
「……最近?」
「ええ」
柔らかな声の中に、どこか甘やかな熱が混ざっている。
「アルセリアでのお茶会で、王太子殿下や王弟殿下が……以前、ユーリがリディア殿下に求婚なさったお話をしてくださったでしょう?」
「ああ……」
私は思わず僅かに目を逸らす。
あの時の焦燥と気恥ずかしさが蘇る。
カティアは続けた。
「あの時、私は初めて考えたのです。――私は、ユーリをただの兄として見ていたわけじゃないのだと」
「……カティア」
「リディア殿下は、とても聡明で美しくて……。それに比べたら、私なんて――って思っていました」
彼女は少しだけ唇を噛む。
「でも、あの時、もしユーリが誰かを選ぶなら、その人が私じゃなかったら……と考えた時、胸がぎゅっと苦しくなりました」
私は、ただ静かに彼女の手を握りしめる。
「私はきっと、あの時ようやく自分の気持ちに気付いたのだと思います」
赤面しながらも、カティアは私を見上げた。
「……それからは、ユーリが私を妃として選んでくれたことが、夢みたいで、幸せで……怖くもありました。でも、やっぱり嬉しかったんです」
私はそっと、彼女の頬に手を添えた。
「……ありがとう、カティア。話してくれて、嬉しいよ」
柔らかな髪を撫でる指先に、彼女は頬をすり寄せるように預ける。
まるで、互いの距離がさらに縮まっていくのを感じた。
――けれど、今夜はまだ、ここまでだ。
私の中で静かに繰り返される誓いが、理性を保たせる。
(あと少しだけ、我慢だ)
私は微笑みを浮かべながら、優しくカティアを抱き寄せた。
こうして、穏やかな新婚の夜が、また静かに更けていった。




