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窓の外から、柔らかな昼の日差しが差し込んでいる。
静かな寝室の中で、私はカティアの寝顔を見つめていた。
(……よく眠っているな)
それもそのはずだ。昨夜はカティアにしては珍しく遅くまで起きていた。
緊張もあったのだろうし――なにより、人生で初めての誕生日祝いを経験したばかりだ。
思えば、これまでのカティアには誰かに祝われる誕生日など存在しなかった。
彼女にとって、昨日の祝いはすべてが新鮮で、特別だったはずだ。
その高揚感もあって、随分とはしゃいでいた。
(……はしゃいで当然だ。もっと早く祝ってやるべきだったのに)
胸の内にかすかな後悔が生まれる。
そして――
(私はというと……一睡もしていない)
苦笑が漏れそうになる。
昨夜、腕の中のカティアの温もりに耐え続けた私の理性は、既に限界寸前だった。
「ん……ユーリ……」
カティアが寝返りを打ちながら、寝ぼけた声で私の名を呼ぶ。
その仕草すらも愛おしく思えてしまうあたり、私の重症ぶりは相当だろう。
その時――
「失礼いたします、殿下」
控えめなノックと共に、記録官が小声で入室してきた。
記録官は一瞥して、寝台に眠るカティアと、寝不足のまま座る私を交互に見比べ――
(……マジか)
無言で目を伏せ、そっと書き記していった。
【第二夜──妃殿下、王子殿下と熱き契りを交わし夜明けまで共に過ごされる】
(……違う。いや、そう記録されるのはわかるが……)
訂正する気も起きず、私はただ疲労と共にため息をついた。
◇ ◇ ◇
それから正午を少し回った頃、ようやくカティアがぼんやりと目を覚ました。
「……ユーリ?」
寝起きの柔らかな声が、私の耳に心地よく響く。
「ああ、おはよう。よく眠れたようだね」
「はい……昨日は、少し夜更かししてしまいましたから……」
まだ眠そうに瞬きを繰り返しながら、カティアは微笑んだ。
その寝ぼけた顔すらも、私は可愛いと感じてしまう。
(……君のせいで私は寝ていないのだが)
そんな内心はもちろん口には出さず、私は微笑みを返した。
すると、そこへタイミング良くノルベルトが現れる。
「殿下、本日は午後に商人たちが参りますので、どうぞご準備を」
「ああ。ありがとう、ノルベルト」
前夜、密かに頼んでおいたサプライズ――
カティアのための贈り物を用意する手筈は整えた。
「その前に、まずはブランチだね。さあ、カティア。起きられるかい?」
「……はい」
まだ少しふらつきながらも、カティアは手を引かれるままゆっくりと起き上がる。
私の私室――寝室の隣に用意されたテーブルには、簡素ながらも温かな食事が並んでいた。
2人きりの遅い朝食。
昨夜から続くこの静かな時間が、私は心から愛おしく思えた。
(……本当に、贅沢だ)
穏やかに微笑むカティアを前にしながら、私は心の中でそっと呟く。




