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カティアは静かに私の腕の中でうとうとし始めていた。
柔らかな髪が私の胸元にかかり、かすかに花の香りが漂う。
(……可愛いな)
思わず胸の奥が熱くなる。
ほんの数ヶ月前までは、警戒心に満ちた鋭い瞳で私を見上げていたというのに。
今はこうして、まるで子猫のように身を委ねている。
私の腕の中で、安らかな寝息を立てながら――
「ん……ユーリ……」
寝言で小さく私の名を呼ぶその声が、さらに理性を試してくる。
(……まったく、どうしてこんな試練を与えるのだ、君は)
私はそっとカティアの体を包むように腕を伸ばした。
慎重に、乱暴にならぬように。まるで壊れやすい宝石を扱うかのように――
やがてカティアは完全に眠りに落ちた。
寝息は静かで、規則正しく、その表情はあまりにも幸せそうだった。
(……愛おしい)
気づけば、私は彼女の頬をそっと撫でていた。
頬も、髪も、手も――すべてが愛おしい。
だが――
(……駄目だ)
私は目を閉じ、深く息を吸った。
(駄目だ。約束したじゃないか。十八歳までは、手を出さないと)
魔法薬はきちんと飲んでいる。
理性も常に保ってきた。外交を担う王子としての誇りもある。
――なのに。
「……どうして君は、ここまで私の理性を試すんだ」
小さく呟いてしまう。
もちろん、眠るカティアに届くはずもない。
彼女はただ、私を信じ切って、無防備に眠っている。
この腕の中が世界で一番安全だと信じてくれている――
(……あの頃からずっと憧れてくれていたと、昨日君は言った)
その言葉が、胸の奥を再び締め付ける。
あの告白は、今も鮮やかに耳に残っている。
そんな無垢な彼女を裏切るような真似など――できるはずがない。
私はカティアの額にそっと口づけた。
「大丈夫、カティア。君が十八になるその日まで――私は必ず耐えてみせる」
そう心に誓った。
けれど――
(……それにしても、これは想像以上に厳しい)
腕の中のカティアは温かく、柔らかく、心地よすぎた。
まるで春先の陽だまりを抱いているようだ。
当然、そんな環境で眠れるはずもなく――
(……眠れない)
結局、私は朝方までただ目を閉じ、息を殺して過ごすこととなった。
まるで修行僧のように、ひたすら理性を磨きながら―




