26
夜のルナ離宮。
静けさの中に、甘く淡い緊張感が漂っていた。
控えめに扉をノックする音が響く。
「カティアです」
「待っていたよ、お入り」
ゆっくりと扉が開かれ――そこに現れたのは、思わず息を呑むほどに美しく着飾ったカティアだった。
純白の薄手のローブに、淡いサクラ色のリボンと刺繍が施され、長い髪はイレーネの手によって柔らかく結い上げられている。
化粧もごく薄く施され、幼さを残しつつも、年齢以上に大人びた気品を漂わせていた。
(……イレーネ)
私は内心、額を押さえた。
(完全に“そういう夜”の準備をさせてしまったな……)
そうだ――私はイレーネに、今夜の意図を伝えそびれていたのだ。
まさか、本当に新婚初夜の準備を整えさせてしまうとは。
(……いや。今さら慌てても仕方がない)
私が本気で彼女を求める気など、今はまだない。
十四歳の彼女を、これ以上踏み越えるつもりは決してなかった。
だが、離宮とはいえ王宮直属の施設。記録官による報告も日々上がる仕組みは後宮と変わらない。
記録官が意図せず記録する可能性も考えれば――床を共にしているという事実だけは、きちんと残しておくべきだ。
私は柔らかな笑みを浮かべ、彼女に手を差し伸べた。
「今夜は君とこうして過ごせることを楽しみにしていたよ、カティア」
カティアはわずかに頬を染めながら、私の手を取る。
「……私も、お話できるのを楽しみにしていました」
私は彼女を自室の奥――ベッドへと導いた。
腰掛けると、カティアも私の隣にそっと座る。
ほのかに香る花のような匂いが、すぐそばから漂ってきた。
(……危険だ)
理性は常に冷静さを保っているつもりだった。
だが彼女がこうして隣にいると、体の奥底から何かが疼き出すようだった。
「カティア」
「……はい」
私は小さく息を吐き、慎重に言葉を紡ぐ。
「君はもう正式に私の妻となった。だが、私は……少なくとも君が十八歳になるまでは、これ以上のことは望まないつもりだ」
カティアは驚いたように目を丸くし――すぐにふわりと微笑んだ。
「……ありがとうございます、ユーリ」
「ただ……」
私はそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「こうして君のぬくもりを感じるだけなら……許してもらえるだろうか」
カティアは顔を真っ赤に染めながら、小さく頷いた。
「……もちろん、です」
そのまま私は彼女を抱き締めた。
温かい。柔らかく、繊細で、それでいて確かなぬくもりを宿している。
(……危険だ。本当に、癖になりそうだ)
理性の奥でそう呟きながらも、私は静かに目を閉じた。
「カティア。君は今夜も、とても綺麗だ」
「……ありがとうございます、ユーリ」
耳元で小さく囁かれたその声が、ますます私の胸を締め付ける。
だが今夜は、ここまでだ。
私はカティアの額にそっと口付けると、彼女の手を取ったままベッドの中に並んで横たわる。
「……君のこれまでの話、よければ今夜、ゆっくり聞かせてくれないか」
「……はい、ユーリ」
柔らかな笑顔のまま、カティアは私の手を優しく握り返してくれた。
(君のすべてを、もっと知りたい)
そんな想いが胸の奥で静かに燃え始めていた。




