表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました  作者: 藤原遊人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/57

18

夕刻。カティアはいつものようにルナ離宮の執務室を訪れていた。


「ユーリお兄様、本日の講義進捗をご報告に参りました」


いつもの柔らかな声だった。

私は、いつも通り微笑んで迎える――はずだった。


だが今日は違った。


机上には、つい先ほどまで読み込んでいた二通の縁談書簡が開かれたままだった。


カティアは室内に入り、ふと視線をその文面へと滑らせる。

私は慌てて手を伸ばそうとしたが、既に彼女の瞳は短い文章を読み取ってしまっていた。


「……縁談の申し出、でございますか」


静かな声だった。驚きや動揺よりも、むしろ冷静な確認の響きがあった。


私は小さく息を吐いた。


「君に見せるつもりはなかった」


「ですが、もう読んでしまいました」


微かな苦笑を浮かべつつ、カティアはゆっくりと言葉を続ける。


「ユーリお兄様。僭越ながら、アレクシス殿下のご提案は――検討に値すると存じます」


私は無言のまま、彼女を見つめた。


カティアは、感情のないような淡々とした声音で続ける。


「アルセリア王国は、我が国にとって重要な友好国です。王弟妃殿下からの推挙は、信頼の証と受け止めるべきかと存じます。お相手の家柄も安定しておりますし、外交上の価値も十分にあります」


その言葉には、まるで自己の感情を切り離したような冷静さがあった。


「……君は、自分の人生を、そんな計算だけで決められるのか?」


私はようやく声を絞り出した。


カティアは静かに瞬きをし、わずかに視線を伏せる。


「私は王家の人間です。こちらに引き取られてから教わりました――王族は常に、自分の立場をわきまえて役割を果たすべきだと」


その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥が酷く軋んだ。


私は席を立つ。

気付けば、カティアの目の前まで歩み寄っていた。


「……君には、離れてほしくない」


声が震えそうになるのを抑えきれない。


「君を、他国の王子や貴族の隣に並ばせたくない。誰にも渡したくない……!」


自分でも驚くほど幼い言葉だった。

幼子のように縋っているのが分かった。


カティアの瞳が揺れた。

驚きと戸惑いが、その奥底に浮かんでいる。


だがすぐに彼女は冷静さを取り戻し、周囲を一瞥する。


「……ユーリお兄様。場所を移しましょう。執務室は少々耳が多いです」


そう告げると、控えていた侍従たちを人払いし、私を私室へと導いていった。


私は、ただ彼女の後ろ姿を見つめながら歩くしかなかった。


(……理性が軋みはじめている)


静かに、けれど確実に――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ