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外交茶会から数日。
ルナ離宮の執務室に、二通の書簡が届けられていた。
私は机上の文面を見つめ、しばし言葉を失っていた。
一通は先日カティアが親しく言葉を交わした隣国王妃殿下より。
彼女が本国へ帰国後、早速の申し入れを寄越してきたのだ。
『先日の茶会にて、カティア殿下の聡明さと心優しき姿に深く感銘を受けました。
つきましては、我が王子の妃候補として前向きにご検討いただけますならば幸いに存じます』
そしてもう一通は――アルセリア王国より、アレクシス殿下からの個人的な書簡。
『補佐役としてのみ留め置くのは勿体なく思われます。
我が国の伯爵家――侯爵家筋に繋がる名門にて、ぜひ縁談の候補としてお迎えしたい旨、当主より打診が参りました』
手紙の末尾には、丁寧だが明らかに意図的な追伸が添えられていた。
《※当然ながら、ユーリ殿下のご判断を最優先と致します》
……完全に挑発している。
私は思わず額を押さえた。
(……アレクシス殿下め)
彼がこの書簡を送った意図など、読まなくても理解できる。
私の腹の底を見透かし、意図的に火をつけに来ているのだ。
とはいえ――
(……問題はむしろ隣国の縁談だ)
あの王妃殿下にとっては純粋な好意からの申し出なのだろう。
カティアの才覚も、立場も、王家直系の姫としては申し分ない。
政治的にも極めて安定した良縁に違いない。
それなのに――
私はそこで、己の内に湧き上がる感情に気付いていた。
理屈では最適解であるはずの縁談に、胸の内が静かに苛立っているのだ。
(……嫌だ)
思わず、心の中で言葉が漏れた。
これまで妹たちの縁談は何度も纏めてきた。
誰より冷静に、誰より理知的に割り切ってきたはずだった。
けれど――カティアの名がこうして政略結婚の場に並べられた瞬間、私は今までに感じたことのない拒絶感を覚えていた。
(私は……なぜ、こんなにも嫌悪している?)
答えは、既に出ていた。
ただ、それを言葉にするのを躊躇っていただけなのだ。
私は苦笑した。
(──私は、カティアを妃にしたいのだ)
ようやく、はっきりと自覚する。
それは政略のためでも、外交の駒としてでもない。
私個人の――誰のものでもない、私だけの本心だ。
目の奥が静かに熱を帯びていく。
(……妨害しよう)
その決意は、不思議なほど澄み切っていた。




