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アレクシス殿下とリディア嬢の結婚式の招待状は、随分前に我が国にも届いていた。
アルセリア王国――
冷静沈着な実務家アレクシス王弟殿下と、その補佐役として王宮を支えるリディア妃殿下によって、極めて安定した王政運営が築かれている。
二人の存在が、この国の均衡と秩序を巧みに保っているのだ。
王弟アレクシス殿下からは、わざわざ私宛てに個別の手紙まで添えられていた。
――『第六王子ユーリ殿下がお越しになる際は、必ず同伴者をお連れください』――
あの慎重な王弟殿下が、わざわざ「同伴者を連れてこい」とまで指定してくるとは――
(……ふふ。結婚式という場で、少しでも波風を立てぬための配慮、というわけか)
以前、リディア嬢へ求婚を試みた私が、もし独りで乗り込めば余計な誤解を招きかねない。
王弟殿下は、私に”退路を塞がせた”のだ。
これは私個人への、実にアレクシス殿下らしい繊細な牽制である。
私は今回の随行にカティアを連れて行く決断を下した。
◇ ◇ ◇
アルセリア王宮に到着すると、豪奢な迎賓殿でアレクシス殿下とリディア殿下が我々を出迎えてくれた。
「ようこそお越しくださいました、ユーリ殿下」
「今回もご招待いただき感謝いたします、アレクシス殿下」
握手を交わすと、殿下の隣に寄り添うリディア妃殿下が、優雅にカティアへ微笑みかけた。
「そちらが噂のカティア王女殿下ですね?」
「初めまして。第十一王女、カティア・アゲート・アレストにございます。こうして直接お目にかかる機会を賜り光栄です」
カティアは緊張しつつも、完璧な宮廷礼法で一礼した。
◇ ◇ ◇
その晩の晩餐の後、控え室での小規模なお茶会が開かれた。
リディア妃殿下はわざわざ特別な茶葉を用意してくださっていた。
「この紅茶は、今年の春摘みのものですの。香りが繊細でしょう?」
「本当に素晴らしい香りですわ」
カティアは丁寧に返礼しつつも、カップの中の液色を一度覗き込み、続けた。
「ミルクの量も完璧にございますね。この茶葉は濃度と香りの調整が難しいと伺っておりますが……」
その言葉に、わずかにリディア殿下の眉が上がった。
「まあ……そのような細かな知識まで。どなたに教わられたのです?」
「――後宮で仕入れた些細な知識にございます」
カティアは微かに微笑んだが、決して饒舌にはならない。
だが、その一瞬の切り返しは、観察眼の鋭いリディア殿下には十分だったらしい。
ふ、と柔らかく目を細められる。
「なかなか奥深い学びを積んでいらっしゃいますのね」
私はそのやり取りを静かに見守りながら、内心で軽く頷いていた。
(……やはり、この子は実地に出して正解だった)
◇ ◇ ◇
その夜遅く、賓客用の控え室。
「ユーリ殿下」
ふいにアレクシス殿下が一人で私のもとに現れた。
さすがは王弟殿下、必要な情報の吸収も早い。
「……良き補佐役をお連れですね。まさか、妹姫殿下をご自身の妃候補とお考えで?」
「まさか」
私は肩を竦めた。
「確かに有能ですが、まだ学びの最中です。いずれ外交において重要な役割を担えるよう育成しているだけですよ」
アレクシス殿下はふっと微笑を浮かべた。
「貴殿の趣味も含めて、今後が楽しみですな」
「――お手柔らかに願いますよ」
軽口を交わしながらも、殿下の銀灰の瞳はわずかに探るような色を湛えていた。
◇ ◇ ◇
滞在期間中、カティアはリディア妃殿下とも少しずつ交流を深めていった。
緊張を解きつつも、決して油断せず、相手の言葉を丁寧に汲み取る姿勢は見事だった。
私はまた一つ、彼女の成長を確信する。
(この子は、遠くない将来――私の右腕となる)
確信は、静かに固まっていく。




