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第七王女ソフィアの輿入れが間近に迫り、後宮内では盛大な見送りの茶会が催されることとなった。
参加者は王族のみ――とはいえ、妃と王女だけでも百を超える顔ぶれが集う、後宮最大規模の内々の茶会である。
「……驚かなくていい。今日もあくまで練習だよ」
茶会が始まる直前、私は控室で隣に立つカティアに声をかけた。
「心得ております」
カティアは、いつもの通り冷静に頷く。
だが今回、私は彼女の背中から微かに緊張感が立ち上っているのを感じ取った。
それも当然だ。
これまでの小規模なお茶会と違い、今日は後宮上層部の妃たちが勢揃いしているのだから。
◇ ◇ ◇
「まあまあ、こちらが第十一王女殿下ですの?」
「あらあら……鉱石宮のお子とは思えませんわね」
「ごきげんよう。第十一王女カティア・アゲート・アレストにございます」
カティアは優雅に一礼し、妃たちの柔らかな探りの視線を受け流していく。
だが私は、その奥底にある敵意を感じ取っていた。
――“どうせ一時的な寵愛”。
上位妃たちの内心にはそうした思惑も渦巻いているのだ。
彼女たちは探りを入れながら、時にさりげなく厭味を挟み、試すように言葉を仕掛けてくる。
◇ ◇ ◇
だが――
(……面白い)
私は静かにカティアの受け答えを観察していた。
カティアは、攻撃的な言葉に決して正面から応じない。
柔らかく微笑み、相手の言葉の続きを促すように相槌を打つ。
むしろ敵意を向けた妃たちが、次第に自ら話し込んでいく姿が広がっていった。
「まあ、困りますのよ。ルビー宮の縫製係が足りなくて」
「まあまあ、それはお困りでしょう。なかなか技術者も育成が追いつかないとか……」
「ええ、困ったものですわ」
巧みに同調し、妃の愚痴を引き出し、そして“望み”を浮き彫りにしていく。
一見、当たり障りのない世間話のようでいて――完全に情報収集となっていた。
私は思わず微かに息を吐く。
(……なるほど。こうして、あの環境下でも生き延びてきたのだな)
身を守るための鋭い観察と、相手に警戒心を与えぬ聞き役の立ち回り。
学んだわけではない。生き残るために自然と身に付けた技術だ。
◇ ◇ ◇
その後、彼女が引き出した複数の“妃たちの不満”は、私の手で王や王太子に伝えられた。
王や王太子が適切に解決を指示したことで、各妃たちも満足し――
自然とカティアは「話せば通じる王女」として一目置かれ始めていく。
「あの方は、話せば分かってくださるお方ですわ」
「妃方へのお気遣いも素晴らしいですわね。あのご年齢で」
「流石はユーリ殿下のお気に入りだわ」
……僅かな空気の変化が後宮内に広がっていた。
◇ ◇ ◇
茶会の帰路。
私は静かに馬車の中でカティアに声を掛けた。
「よくやった。今日は実に見事だったよ」
「……ありがとうございます」
「だが、君はあえて争わず、聞き役に徹していたな」
「無用な敵は作らぬ方が良いと考えました」
カティアは静かに答える。
その目はまた僅かに柔らかく、鋭さの奥にわずかな自信が芽生えつつあった。
(あの鋭さを、この柔らかさに昇華できれば――)
私は、改めて彼女の才を強く実感していた。
埋もれさせずに良かった、と。




