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後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました  作者: 藤原遊人


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1

外交から国に戻った翌日、私は久々に後宮を訪れた。


外交任務を終えた王子の帰国は、形式上は華々しい報告式典も組まれているが、正直あれは儀礼の塊だ。

本当に私が帰ってきたことを素直に喜んでくれるのは、この後宮に暮らす妹姫たちくらいである。


後宮の門前で私は立ち止まる。

ここに入るたびに必ず行われる儀式があるからだ。


控えていた侍医が恭しく小瓶を差し出す。

琥珀色の液体がゆらゆらと揺れていた。


「ユーリ殿下、例の薬を」


「ええ。わかっていますよ」


苦味と薬臭が混ざる魔法薬――避妊と性欲抑制を兼ねた後宮入室許可の条件。

王子でありながら後宮に立ち入る資格を得るには、これを飲まねばならない。


私は軽く息を吐き、一気に薬を流し込んだ。

独特の甘苦さが喉奥に残り、思わず小さく顔をしかめる。


(まったく、何度飲んでも慣れない)


侍医が差し出した茶で喉を潤し、私はようやく後宮の門をくぐった。


◇ ◇ ◇


広大な後宮の回廊を歩きながら、私はふと思う。

母もまた、かつてこの後宮の一角


――サファイア宮にいた。王妃ではないが、上位寵妃として立派な離宮を与えられていた。


それでも、後宮の争いから逃れられたわけではない。

毒という名の病で命を落とした母の姿は、今でも私の胸に影を落としている。


「ユーリ兄上!」


軽やかな声とともに、妹王女たちが駆け寄ってくる。

この国では王女たちは外交の駒であり、幼い頃から礼儀作法や国際情勢を学び、やがては他国に嫁ぐのが常だ。


「お土産は?」


「どこに行ってたの?」


「また面倒な交渉だったんでしょ?」


次々に浴びせられる無邪気な言葉に、私は苦笑した。


「慌てるな。皆の分はちゃんと持ち帰った。今回は極上の絹織物と甘い菓子を用意してある。母上方にも届けるように」


「やった!」


妹たちは歓声を上げ、侍女たちが微笑ましく見守っている。

こうしていると、ここが血生臭い権力闘争の中心とは思えなくなる瞬間だ。


用件を終え、私は妹たちに別れを告げて帰路につこうとした――その時だった。


ふと、中庭の片隅でしゃがみ込んでいる小さな影が目に入った。

年の頃は十歳前後だろう。柔らかな亜麻色の髪が、夕陽に照らされて金色に輝いている。

粗末な身なりに見えたが、整った姿勢と所作は侍女とも少し違う印象を与えた。


下働きの娘かと思ったが、その胸元に煌めく徽章を私は見逃さなかった。


――王女の証。


「……王女殿下?」


思わず声をかけると、少女は小さく肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。

大きな瞳に驚きと警戒の色が浮かぶが、すぐに丁寧に礼を取る。


「第六王子殿下。突然の御声掛け、恐れ入ります。私は第十一王女、カティア・アゲート・アレストにございます」


私は思わず目を細めた。

名簿では見たことがある名だったが、これほど淀みなく礼を尽くせるとは思っていなかった。


「カティア……ほう。私は貴女にお会いした記憶がないのだが?」


「当然にございます。私は鉱石宮に生を受けた部屋付き妃の娘。表に出る機会はほとんど頂戴しておりませんでしたゆえ」


なるほど、と私は内心頷いた。

鉱石宮――後宮内でも最下層に位置づけられる。アゲート(瑪瑙)ともなれば会うことは滅多にない。

上位寵妃たちの住まうサファイアやルビー、エメラルド宮とは隔絶した格差がある。


それでも、彼女は年齢には似つかわしくないほど落ち着いていた。


「……何をしていたのです? こんなところで」


「夕餉の食材を摘んでおりました。少しばかり食卓を潤す工夫にございます」


私は思わず言葉を失いかけた。

後宮の王女が、自ら食材を摘みに出るなど――本来なら考えられぬ話だ。


「後宮で食に困っているのか?」


「いえ。殿下の御憂慮は痛み入りますが、今は手を出されぬほうがよろしゅうございます」


カティアは小さく微笑んだ。


「こうして自力で賄っているからこそ、妃殿下方や他の王女様方からの妨害も幾分緩和されております。お情けを賜れば、かえって火種となりましょう」


その冷静な自己分析に、私は内心舌を巻いた。

たった十歳の少女が、すでに政治を読む目を持っている。


「……なるほど」


私は懐から一つの包みを取り出した。

外交先から持ち帰った菓子のひとつだ。


「これを持っていきなさい。日持ちもするし、少しは甘いものも口にするといい」


「まぁ……」


カティアは包みを受け取り、そっと包み紙を眺めると、わずかに目を見開いた。


「これは……アルセリア王国の〈千層の蜜菓〉ですね。王都でもごく一部の貴族しか口にできぬ名菓とか」


「……よく知っているな。そなたほどの年齢で」


「独学しておりますので。第六王子殿下が外交任務で訪れられた先についても多少は」


私はそこで完全に確信した。


この少女――ただの王女ではない。


「……面白い」


自然と口から漏れたその一言に、自分でも微笑んでしまった。

長年の外交経験が告げている。


この子には――眠れる才覚がある。


(――育ててみよう)


まだ幼き王女。

だが、いずれ魑魅魍魎蔓延る政治の世界を共に歩むに相応しい存在だ。


それが、カティア・アゲート・アレストとの出会いの始まりだった。

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