事情聴取
「お待たせいたしました、ヘルムート様」
「遅かったな――」
着替えて一階に戻ると、使用人が増えていた。
もしかして監視生活の再来かな?
もうだいぶ、監視生活には慣れてしまっていたけれど、実家は放置だったからしんどいな、と思っていたらそうではなさそう。
「紹介する。あなたの世話を任せる侍女のエレナとジューンだ」
「エレナでございます」
「ジューンです」
「えっと……よろしくお願いします」
「あなたはオメガなので、女性の方がいいだろう。発情期の時などは、特に」
「そうなのですか?」
「ん?」
ん? と全員がカウフマン様と同じ反応。
控えめにディレザさんが先程僕の言ったこと……発情期は薬で止めており、僕は発情期を経験したことがない話をしてくれた。
神妙な面持ちの皆さん。
ああ、やっぱまずいか。
「お医者様に一度診ていただく方がよろしいかと」
「そうだな。……しかし、カミル、あなたはかなり特殊な生き方をしてきている。その自覚はあるか?」
「え……ええと、まあ、はい。かなり普通とは違うのだろうな、というのは……。でも、それは僕がオメガだから――」
「それもあるだろうが、それを込みでもあなたはかなり変わっている。今までどのように生活していたのかを、教えてもらえないか?」
「え? ええと……」
オメガとわかる前からおかしいな、と思うところはあった。
兄も姉も両親にたいそう可愛がられ、教養も積極的に身につけるよう家庭教師が毎日日替わりで来て、お茶会などで社交にも参加させられている。
その横で僕は生まれつき体が弱く、後継の予備としても使い物になるか怪しかった。
運動も苦手で物覚えも悪い。
目がよくないので顰めっ面でいることが多くて、愛想がないとよく叱られた。
元図書室に閉じ込められて、そこで勉強するようにと言い含められ、本をたくさん読んだ。
それでも両親にも兄姉にも見向きもされず、使用人にも興味を持たれない。
両親に言われるのは「家を継ぐ兄の補助をできるように、とにかく知識を詰めろ。それができなければ、お前は生まれてきた意味がない」と。
そんな僕に使い道ができたのが、十七になった時。
久しぶりに一週間熱を出し、尻から血が出て初めて使用人が医者を呼んだ。
女性でいう初潮だと診断される。
触診で尻の中に横穴ができていて、その特徴が『オメガ男性である』と断じる根拠になった。
僕はオメガだったのだ。
それからは父の動きは早く、三日後には嫁ぎ先を見つけてきた。
その嫁ぎ先が、フェグル伯爵だ。
嫁入りもすさまじい速度で、手続きは後回し。
翌日には最低限の荷物を鞄一つに纏められてフェグル伯爵の屋敷に届けられる。
最初にされたことが首輪をつけられることと、護衛という監視役があてがわること。
そして三つの約束。
「約束?」
「馬車の中で申し上げた、毎朝護衛兵のせい処理を行うこと。二つ目は性技を学ぶこと。三つ目は夫の言うことには絶対服従すること」
指を立ててフェグル伯爵に言いつけられたことを話すと、全員が顔を顰める。
僕としては実家に言われていたこととなにも代り映えのないことだけれど、監視生活は本当に厳しかった。
なにしろ、今までの生活は“放置・放任”。
それが急に“監視”になったのだから、最初は常に人がいる空間に間が持たず護衛に始終話しかけていた。
でも護衛兵は皆、僕に情を持ってはならない、話しかけられても答えないように。
顔は兜で覆い、僕には決して見られないように、と事前に言い含められていたためか完全無視。
僕は歴代の護衛の誰の顔も、名前もわからないままだ。
「はあ」
「カウフマン様……?」
「いや……。それで、その二つ目の約束にある性技を学ぶ、というのは誰から?」
「専門の方が週に一度いらっしゃるので、その方に色々と教わります。殿方の悦ばせ方は奥が深いので、学ぶことがたくさんありまして」
「はあ……」
またも深々とした溜息。
そんなに僕の生活は世間一般からズレているんだろうか。
まあ、ズレているんだろう。
全然ダメなんだろう、相当に。
だってついにカウフマン様は頭を抱えてしまった。
「呆れたものだ」
「ええと、申し訳……」
「あなたのことではない。フェグル伯爵だ。……あなたがなされていたことは、性奴隷が受ける教育。あなたがその奴隷呪の首輪をつけられたのは、嫁いで初日と言っていたな。つまり、あなたの親も、フェグル伯爵も、あなたを最初から“奴隷という物”として扱ったということだ。あなたには申し訳がないが、あなたの実家も調べなければならなくなった。構わないな?」
「ええと……はい。実家には『二度と帰ってくるな。お前はもう我が家の人間ではない』と言われておりますので……」
それにカウフマン様のこの表情。
僕がなにを言ったところで、実家も家宅捜索をされるのだろうな。
まあ、僕にはどうすることもできないことだ。
父なら自分でなんとかするだろう。多分。
「目が悪いのか?」
「え?」
「ずっと眉に皺が寄っている」
「あ……。……はい。そうなんです。すぐに叱られるので、気をつけてはいるのですが」
「そうか。明日にでも医師を呼んで診てもらう。軍属の医師なので余計なことは漏らさない。あなたの個人的な情報は必ず守ると約束しよう」
「はあ……」
この人は誠実な人なのだな。
漂う香りから、この人の感情が流れ込んでくる。
これは、悲哀?
すごく久しぶりに感じる感情だ。
僕はいつからこんな気持ちを感じなくなっていたのだろう。
子どもの頃が、最後な気がする。
子どもの頃の――まだ、両親の愛を求めていた頃。
諦めたら感じなくなったから、本当に久しぶりだ。




