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オメガ男性のカミル(3)


 目の前に座る軍人さん……ではなく、ヘルムート・カウフマン様はなんと伯爵様らしい。

 公安局の中でも、現場で働く偉い方らしく、やはり軍出身なんだそう。

 説明されても階級とか役職とかはよくわからないんだよね、僕。

 がたんがたんと少しだけ荒れた道に差しかかると、カウフマン様が口を開く。


「奴隷呪の首輪について、どのくらいの知識を持っている?」

「まったくない……と思っていただいてよろしいかと。そもそもこの首輪が『奴隷呪の首輪』という名なのも先程カウフマン様に教えていただき初めて知りました」

「そうか」

「ですが、一つ……旦那様――ではなく、フェグル伯爵に命じられてやっていることがいくつかあるのですが」

「やっていること?」


 こくり、と頷く。

 一つ、一日の始まりは護衛の兵の一物を口で慰め、精液を飲むこと。

 オメガであるのだから、いつでもオメガとしての仕事ができるように励むようにと。

 正直最初に聞いた時は『オメガとして発情期があるのははしたない』と言っていた割に、オメガとしての仕事――性処理はやらされるのかと首を傾げたものだけれど。

 発情期は子を孕むためのもので、日々の精処理はそれとはまた別。

 しかも、フェグル伯爵の性処理ではなく僕の監視役の私兵の性処理だ。

 フェグル伯爵はあくまでも女性の愛人に性処理をさせていたので、僕がいずれオメガとして性的に役立てるようにとの配慮なのだろうと勝手に解釈をした。

 実際、実家ではオメガとわかった途端にフェグル伯爵のところへ嫁がされ、そのような性教育を受けていなかったので“そういうものなのかな”と思っていたけれど、カウフマン様の様子を見ると意外にそうでもないのだろうか?

 まだ一つ目なのに、カウフマン様が「こぶっ!」と咳き込み始めてしまった。


「大丈夫ですか?」

「ごふっ! ごふっ! ごふっ!」

「ほ、本当に大丈夫ですか?」


 そんなに思いもよらないことなのだろうか?

 普通の貴族は妻や愛人にそういうことをさせないの?

 フェグル伯爵の家は朝食の前でも後でもそういうことをさせていた。

 例に漏れず、側室の身分なのだからと僕もまたそのように振る舞うことが当然である、と言われて、しかし男の口で慰められるのは女性好きのフェグル伯爵には耐え難かったらしく、仕方がないので僕は僕を監視する兵に毎朝口で奉仕を行い精液を飲んで尽くしていたのだ。

 そのように説明をすると初めてカウフマン様に表情のようなものが浮かぶ。

 ただただ険しい無表情の人なのかと思ったら、意外と表情の豊かな人なのだな。


「奴隷呪の首輪への“忠誠”だろうな」

「忠誠……?」


 ようやく咳の収まったカウフマン様がまた小さな声で呟いた。

 がたんがたん、と馬車が揺れる音で聞き漏らしそう。

 僕の視線にカウフマン様が目を細めたのがわかる。


「奴隷呪の首輪は危険な代物。それについては私の屋敷の離れに着いてから、詳しく説明するつもりだ」

「教えてくださるのですか?」

「知らぬ方が身に危険を及ぼす。カミル、あなたは自分が置かれた状況がどれほど危険な物なのかを自覚しなければならない」

「ええと……僕は今危険に晒されている、ということですか?」

「そうだ」


 えー……そうなんだ……?

 まったく実感が湧かない。

 湧かないけれど、偉い人がそういうのならそうなのだろうな。

 

「あなたが今、首につけている『奴隷呪の首輪』は普通の奴隷が首につける『奴隷の首輪』の上位互換に当たる。この国では二百年前に禁止された奴隷という人身売買をスムーズに行なうための違法な道具。それが奴隷の首輪や奴隷呪の首輪。奴隷の首輪と奴隷呪の首輪の決定的な違いはその名の通り、呪いである」

「呪い……」


 首輪に触れてみる。

 僕には違いがわからない。

 でも奴隷がつける首輪を着けられ、僕は一年生活をしてきた。

 ある意味、それがフェグル伯爵の僕への感情のすべてのように思う。


「……失礼」

「いえいえ」

「ともかく、邸に行ってから詳しい説明はするが……奴隷呪の首輪は逃走防止や強制従属、強制発情の力を持つ。外すには解呪するしかなく、主人登録がなされないと奴隷呪の使い方を知っている人間なら誰でも扱えてしまう。あなたの意思など、そこに介さない。たとえば主人が『目の前を通る人間すべてを殺せ』と命じれば奴隷呪の首輪をつけた者は自分の意思に関係なく言う通りに目の前を通る者すべてを殺そうと動く。逃げることもできない。今までは発情期を薬物で抑えていたそうだが、発情期の時期でなくとも発情期を超えるような苦しい発情を強制的に引き起こしたりする。大雑把にだが、そういう代物なのだ。わかるだろうか?」

「はい」


 こくり、と頷くと少し安堵したように小さな溜息を吐くカウフマン様。

 なるほど〜、とりあえず僕は主人になった人に逆らえないものらしい。

 それは怖いね。


「見えてきた。あれが私の屋敷だ」

「はい」


 ちょうど道が落ち着いてきた。

 そこでカウフマン様が窓の外を促す。

 森の中に城のような大きな屋敷が佇んでいる。

 青い屋根、幾つも見える棟。

 黒い鉄門を潜り、案内されたのは別棟……離れの邸。


「今日からしばらく、その首輪を外す手立てがわかるまではこの邸で生活をしてほしい。必要なものはすべて使用人に頼めば用意する。あなたを世話させる者はディレザに頼む。あとで挨拶に来させよう」

「はあ……」



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