強襲
アンバーズ子爵家の離れの地下室は、フェグル元伯爵家の地下室よりも広い。
完全に物置きのようだ。
置いてある物を改めたが一般的なものしかない。
だが――
「なにか違和感があるんですよね、ここ。なんでしょうか?」
「物の配置だろう。真ん中にタンスや花瓶が置いてあり、チェストが階段の真横にある。燭台がずいぶん下に配置してあるのも違和感がある――と、いうことは」
「ということは?」
ユーインにはわからないらしいが、ヘルムートは母が推理作家。
最近通っている離れも母と祖父のおかげでとんでもない仕掛け邸だ。
(壁の燭台は定間隔。だというのに、一箇所だけなにも置かれていない壁がある。ここか)
壁の燭台を掴む。
引っ張ると、ガション、という音とともに燭台が下がる。
局員たちが驚きの表情で集まってきた。
燭台の隣の壁が数センチ浮かぶ。
ヘルムートが浮いた部分に指を入れて、右へ引く。
隣室が現れ、ヘルムートが「灯りを」と指示をすると局員が手持ちの松明を持ってくる。
中を照らすと、壁に大きな弾幕が張ってあった。
弾幕にはアンバレザ教の紋章が赤黒い色で描かれている。
「アンバレザ教……」
「やはりアンバーズ家も関わりがあったか。全員、徹底的に調べ上げろ! すべて持ち出して構わん!」
「「「はっ!」」」
局員たちが部屋に入り、タンスやテーブル、椅子を含んだあらゆるものを持ち出す。
特にこの本棚は、かなりいい資料になりそうだ。
「完全に物置のようだな」
「ああ、おそらく奴らにとって拠点ではなく、儀式に使うものを置いておく物置場だろう。使い終わっているものも放置しているような印象だな」
つまり、別な場所に最新の拠点がある。
どこかに――。
局員たちはすでに、一ヶ所、心当たりがある。
ここが終わればそのままその場所に行くしかないだろう。
「ヘルムート様! 大変です!」
「どうした? なにがあった?」
「ロック・アンバーズが……!」
◇◆◇◆◇
ヘルムート様がお仕事でまた帰ってこなくなって三日。
僕はディレザさんに監督してもらいながら、契約結婚の準備を進めていた。
「親戚の方へのご挨拶のお手紙はこんな感じでよろしいでしょうか?」
「はい。特に問題はないかと。お披露目などもありますので、ヘルムート様にはお時間を作っていただかなければ……。半年後、ぐらいでしょうか?」
「お披露目ってなにをするんですか?」
「普通の夜会になるかと思います。婚約発表ですね」
「婚約、発表……」
そうか、普通の貴族はそういうことをするものなのか。
そう呟くとディレザさんは首を傾げながら「以前の旦那様とはそのようなことをなさらなかったのですか?」と聞かれたので、素直に「側室に嫁ぐと父が決めてきて、翌日にはフェグル元伯爵の屋敷に連れて行かれました」と答えると妙な顔をされた。
「異常ですね……」
「異常だったんですか?」
「かなり」
やっぱりおかしかったのか。
準備を進めながら前夫の時との差に首を傾げることが多かったので、もしかしたらそうなんじゃないかとは思っていたけれど……。
「ディレザさん! カミル様! 隠れてください!」
「「え」」
突然そんなことを叫びながら、エレナさんが部屋に入ってきた。
どうかしたのかとディレザさんがエレナさんを落ち着かせようと肩に手を置くが、とにかくエレナさんは僕たちに隠れてと繰り返す。
その様子が異様で、ディレザさんはすぐに僕をクローゼットに連れて行く。
「ディレザさん……? あの」
「下の様子を見て参ります。隠し部屋でお待ちください」
「え……あっ」
この屋敷は仕掛けが多い。
知らない人間は、二階の寝室に入ってくることすら難しい。
それなのに“隠れろ”と言われるのは、相当切迫しているということ。
扉が閉まると同時に、ガシャーンと窓ガラスが割れる音が響く。
その後、エレナの悲鳴とディレザの怒声のような大声。
ドタバタと物音が響き、またガラスが割れる音。
家の中からこの寝室に入ってくるのは難しいが、窓ガラスを割って侵入してくきたら関係ない。
クローゼットに鍵はついているけれど、おそらく僕がいるからディレザさんは鍵をかけてはいないはず。
なんで考えていると、クローゼットの扉が開く。
全身真っ黒な姿をした男が、鉄の匂いを纏わせながら入ってきた。
「リュアハラーゼ、パロマ、ロファサクリファ」
「――――っ」
手を差し出され、なにか意味のわからないことを呟くその男は口許に笑みを浮かべながら近づいてくる。
僕の体が突然動かなくなり、意識がだんだんと遠退く。
「ついてこい、生贄。仕事の時間だ」
生贄の、仕事の時間?
それって――ああ、だめだ、体が勝手に前へ進む。
差し出された手に手を重ねて、クローゼットから出る。
自分の体が自分の意思で動かせない。
これは、いや、これが奴隷呪の首輪の効力?
腰に手を回され、破れた窓ガラスに足をかけた黒づくめの男は腕から紐を出し、フックを縁にひっかけると僕を抱いたまま地面に降りる。
その地面に、血まみれのディレザさんとエレナさん。
呼吸が止まるかと思った。
声をかけたいのに、二人に駆け寄りたいのに、それができない……!
「さあ、馬車に乗って。早くしないと帰ってきてしまうかもしれないからね」
「っ……」




