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カミルの実家


「コーネン侯爵家か。どうする?」

「せっかくの大義名分だ。使わせていただこう」

「直ぐに準備に取り掛かる。お前たち! 次が控えているんだ、押収は素早く適切に、慎ましくな!」

「「「はっ」」」


 あらゆる物を木箱に詰め、木箱にメモがなされ、運び出される。

 その様子をソファーの横に棒立ちになりながら見つめるアンバーズ夫人。

 ついに「どうして、こんなことに……」と呟いた。


「お聞きしたいことがあるのだが、この家にはもう一人ご子息がいたな。彼は今どちらに?」

「む、息子……? カミルのこと……? あの子はフェグル伯爵の家に嫁いでおりますわ……。一年半前に……」

「ご子息が、嫁ぐ? はて、どういうことですかな? フェグル伯爵家に娘さんはいなかったように思いますが」


 ユーインがわざとらしく、こちらはなにも知らないかのように聞き返す。

 戸惑う夫人は頬や頭に手を当てながら「どうしたらいいの、こんな……」と呟く。

 ガサ入れの時の家族の姿はいつ見ても痛ましいものなのだが、今回はそんな心の痛み、ちっとも感じない。

 他の局員たちも同じだろう。

 この家の人間は、みんな一人の“家族”を亡き者として扱っている。

 聞いて名前が出るとは思わなかったが、認識はしているのに存在を無視し続けていたという証明になってしまった。

 嫁いで行ったと言うのなら、なぜ家族の集合絵に彼の姿がないのか。

 嫁ぎ先のフェグル伯爵家はもう取り潰されて存在しないことを、まさか知らないのか。

 夫の取引先であるなら知らないはずはないだろうが――。


「カ、カミルは……あの子は……オメガなのです。それで、伯爵の側室に、と望まれて」

「それは珍しい。しかし、そんな貴重なオメガの青年をずいぶん蔑ろにしていたようですが」


 ヘルムートがユーインに小さな額に収まった家族の集合絵を手渡す。

 それを見せられて顔を青くする夫人。

 察しのよい貴族のご婦人ならば、今までの会話でわざと、ヘルムートたちが知っていることを知らないように聞いているのだと理解しているはず。

 いや、混乱の中理解したからこそ顔色が変わったのだろうか。

 逃げ場などない。

 この国、どこにも。


「う……ううう……」

「知っていることを素直にすべて話せば、身の安全は保証する」


 ヘルムートのその言葉に、夫人は顔を上げる。

 脅されていたわけではないだろうが、奴隷商と繋がりのある犯罪組織と関わっている疑惑が濃厚なアンバーズ家の正妻は、やはりそれなりに危ない橋を渡っている自覚があったらしい。

 彼女が言うに、アンバーズ子爵はコーネン侯爵家に弱みを握られ、子飼いとして使われてきた。

 異国の奴隷落ちした貴族令嬢――オメガが産んだ男児を預けられて、仕方なく末の子として隔離しつつ育てることにしたそうだ。


「それがカミルか」

「は、はい。奴隷落ちした娘とはいえ、異国では歴史ある貴族の娘が産んだ子ということで……他の奴隷のようには扱えないと言われたそうで……」


 それはそうだ。

 いかに名家であっても金に困り、娘を売ってしまう家がある。

 そういう奴隷は大変に高級品。

 いわゆる血統書つきというやつだ。

 そんな血統書つきの奴隷を買う方も、異国の貴族であることが多い。

 同じ国内では弱味になったり、角が立つためだ。

 しかしそれでも貴族の血筋であることに変わりはなく、数年後に復興を果たした家が奴隷に売った娘やその子孫を買い戻すことがある。

 ましてその奴隷落ちした貴族の娘がオメガならば、アルファを産むのと同じくらいの確率でオメガを産む。

 女のオメガは、男のオメガに比べてオメガを産みやすいのだ。

 もしかしたらその奴隷落ちした貴族の娘が産んだ男児の赤子、オメガになるかもしれない。

 そうなれば血筋は保証されているし、高値で売りつけることもできる。

 育てるのにかかった経費を回収するのも難しいことではない。

 そんなふうに思い、アンバーズ子爵は死なない程度に、そして最低限の教養を身につけるよう誘導しながら育て上げる。


(そうしてあのカミルが育ったわけか……)


 家族愛など一欠片も与えられず、役割だけを与えられてそれに従順に従う。

 彼は彼という人間を育てることを放棄して、言われたことだけをやる人形のようになった。


(だとしたら、私の提案は間違っていたかもしれない。あの人に新しい役割を与えただけになってしまった。この一家と、同じことをしてしまった)


 彼に選択肢は、あるようでない。

 それを失していた。


(首輪を外し、彼自身に選んでもらえるようにしなければ)


 そうでなければ、意味がない。


「カウフマン様! 地下室がありました!」

「すぐに行く。人を集めて調査を開始しろ」

「はっ!」


 やはりあった、地下室。

 フェグル元伯爵の邸には離れがあり、その離れの地下室はかなり凄惨なものだったが――。


「夫人、地下室についてなにか知っていることがあれば、今のうちに話してもらった方がいいのだが?」

「わ、わかりません。知りません。決して立ち入らぬように、夫に言い含められておりました」

「そうか」


 あえて巻き込まず、情報を与えていなかった可能性が高そうだ。

 アンバーズ子爵なりに妻を思い遣ってのことかもしれない。

 部下を三人引き連れて発見された地下に向かう。

 すでに調査のために八人の局員が階段の下に集まっていた。


「調査を開始。見落としのないように、二回以上確認すること」

「「はっ」」」



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