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変化への戸惑い


 契約結婚かぁ、とその日の夜、ベッドに横たわりながら天井を見上げながら噛み締める。

 契約結婚であっても、結婚することに変わりはない。

 しかし、僕は一度離縁している身だ。

 言うなれば傷物。

 いや、性行為は前夫と一切していないけれど。

 それでも性技を教わったりしていたので、清らかというわけではないと思う。

 そのことはヘルムート様に話したことがあるから、気にはしていないのだろうけれど……。


「なんだろう……この辺な感じ……」


 胸がずっと雲がかかったみたい。

 これは不安?

 今まで感じたことがない。

 そういえば、最近色々考えることが多くなった。

 これが発情期を止める薬の副作用、思考低下の影響だったのだろうか?

 しかし、奴隷呪の首輪にも同じ思考低下の効果があったはず。

 首輪が取れたら、今より色々思うことが増えるのだろうか?

 それは悪いことではないはずなのに、考えることが増えるのを怖いと不安に思う自分もいる。

 考えず、誰かの言いなりになる生活が長すぎた。

 それがとても楽で、自分で自分のことを決めるのがとても怖い。

 契約結婚のことも流されるがまま、自分が役立てるのならと受け入れたけれど……。

 胸がずっと曇っている。

 なにも悪いことなんてないはずなのに――。




 翌日から再び家事を学びつつ、家の管理についての指南もディレザさんに教わり始めた。

 そのあたりはやはり、実家にいた頃教わった内容が多い。

 しかし、男の正妻はオメガでも前例がなく、やはり正妻の女性を迎えるまでの“繋ぎ”という形が好ましいの「では、と言われた。


「私としてはカミル様を正妻としていただいた方がいいのですが」

「法的に難しいのですよね」

「そうですね。さすがに女性の立場を守る意味もあるので……」


 女性は“家の資産”として扱われることが多い。

 実家で姉が大事にされていたのは、家と家の繋がりのための“政治の道具”として育てられていたからだ。

 当時オメガとわかる前の僕と決定的に違うのはそこだろう。

 蝶よ花よと大事に大事に、汚いものから徹底的に引き離されていつか結婚相手の好みに染まるように純粋であるように。

 嫁ぎ先の家に染まり、嫁ぎ先の家を継ぐ子を産み育てられるように家の管理を任せ、女性を『ただ子どもを産み育てるだけの存在』ではなく『夫の代わりに家を守る存在』としてその立場を確立させる。

 その代わり、男のオメガには『ただ子どもを産み育てるだけの存在』という意味を与えた、という感じだけれど。

 だから僕――男のオメガがその正妻の座に就くのは……という話。

 ディレザさん的には僕が正妻の方が安心する、らしいけれど世間一般から見たらあくまで“繋ぎ”。

 未婚のままよりはマシ、だろう。


「ただヘルムート様はカミル様のご実家への扱いが難しい、とおっしゃっておりましたね。カミル様のご実家は――疎遠、なのですよね?」

「そうですね。一度嫁いだ以上実家には戻るな、というような感じで言われておりますので。……確かに……どうするんでしょう? 今更再婚します、と挨拶に行くのも断られるような気がしますし……」

「ヘルムート様に相談された方がいいでしょうね。カミル様のご実家も、その……フェグル元伯爵の関係者という扱いですから……」

「あ……」


 そうか、そういえばそうだった。

 僕の実家は、僕がオメガだと分かった瞬間フェグル元伯爵のところへ僕を“売った”のだ。

 フェグル元伯爵が男のオメガを高値で“買う”人だと理解した上で、“結納金”を相当に釣り上げたらしい。

 ヘルムート様も「あなたの実家を取り締まることになるかもしれない」と言っていた。

 取り締まる――って、フェグル元伯爵の家のように大人数の公安局員が押し寄せて、大捕物をするってことだよね。

 父や母、兄や姉が強制的に取り締まられるということ。

 それがすでに実施されているのか、これから取り締まられるのかはわからないけれど。


「僕の実家、どうなっているんでしょうね」

「ヘルムート様がおかえりになられたら、お聞きになった方がいいでしょう」

「そうですね――」




 ◇◆◇◆◇




「な、なんだね! あなた方は!」

「ヨアギャレット西国公安局だ。ロット・アンバーズ、あなたには逮捕状が出ている」

「はあ!? 私はなにもしていないぞ!」

「詳しい話は当局で聞こう。連れて行け」

「「「はっ」」」

「や、やめろ! 離せ!」

「あ、あなた……!」

「父上!」


 三十人近い局員がアンバーズ邸に傾れ込む。

 瞬く間に当主が拘束され、次に次期当主ロック・アンバーズが拘束されて別室に連れて行かれた。

 アンバーズ夫人は談話室に四人の女性局員に挟まれながら隔離され、邸は徹底的に捜査される。

 その陣頭指揮を取るのはヘルムート・カウフマン。


「ここがカミル氏のご実家か。もう一人……姉がいるという話だが?」

「フ、フレアはもう嫁ぎました。つい、先週……」

「どこの家へ?」

「コーネン侯爵様の第二夫人として迎えていただけることになりましたの……! だからこの邸にはもうおりませんわ!」


 冷静に、冷淡にアンバーズ夫人を見下ろしながら問う部下を横目に、暖炉に飾られた家族絵に近づく。

 視線を家族絵に向けると、古い順に手に取る。

 すべての絵は“四人家族”。た


(カミルの存在はまるでないものの扱いだな)


 男のオメガとわかる前からこの扱い。

 こんなこと、普通の貴族ではあり得ない。



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