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ヘルムートの提案


「男のオメガは他にもいるのに、なぜ僕だったのでしょうか?」

「もっとも身近にいたからだろう。基本的にオメガは平民に産まれても貴族の養子に引き取られ、奴隷商としては入手が非常に難しい。それは男でも女でも変わらない。人口の約一割。オメガの割合はそのくらい少なく、アルファよりも少ない」


 え、そうなんだ。

 僕、知らなかったな。

 それほどに数が少ないオメガがたまたま手に入った。

 しかも貴族出身で、その貴族から売られたかなり都合がいい存在。

 逃す手はないということ?


「もしも奴隷商経由でオメガを取り寄せるのなら貴族の屋敷が一軒建つ。そう考えれば……」

「えっ、あっ……」


 そんなにお金がかかる、の……!?

 思っていた以上にとんでもなかった……!

 そんなにお金がかかるなら、僕を手放そうとしなかったのも頷ける、かも。


「オメガって、そんなに、えっと、価値があったんです、ね?」

「そうだな。それ故に正直なことを言えば、一人暮らしをして自活するよりも、あなたには公安に関係している貴族に嫁いでもらえればと思っている。公安関係者というだけで、あなたを守る盾になり得るからだ」

「自活するのは、難しい……ですか」

「あなた自身がそれを望むのなら、私は引き留めることはしないしできる得る限りあなたにとって安全な場所、生活を提供できればと思っている。だが、それも限界があるのだ、どうしても」


 ヘルムート様を見上げる。

 真剣な眼差し。

 僕のことを本当に案じてくれている眼差し。

 片方だけの瞳の奥に、どこまでも深い優しさが垣間見えた。

 僕はこんな目で僕を見る人を知らない。

 いや、いたのかもしれないけれど、今までは見えなかったから。


「――もしくは」

「は、はい」


 他にもなにか、僕が選べる選択肢があるのだろうか。

 期待してもう一度見上げると、ヘルムート様は珍しく唇を開けて、閉じた。

 言いたい言葉を飲み込んだ。

 なんで?

 首を傾げて言葉を待つ。


「あなたが嫌でないのなら」


 なんだろう、僕はなにを期待しているのだろう。

 ごく、と息を呑む。


「契約結婚でも、するか? 私と」

「契約」


 結婚。


「「「……………………」」」


 長い沈黙。

 僕よりもディレザさんとジェーンさんとエレナさんがものすごい顰めっ面なんだけれど、なにかまずいことを言われたのだろうか?

 感情をここまで丸出しにする使用人、ヘルムート様への信頼が見える。

 普通ここまでわかりやすく表情に出すことはないだろう。

でも、なにが不満であんな表情に……?

 しかし、契約結婚。


「あの、でも……僕にお返しできることはないと思うのですが、契約というのは双方に利益があって初めて成立するのではないでしょうか?」

「あなたが家の管理をしてくれれば助かる。今はディレザに任せているが、養母から結婚をせっつかれている」

「養母……」


 ヘルムート様の養母――僕と同じ男のオメガ、レーンズ様。

 今は領地内の端、田舎町の別邸に追い出していると言っておられたけれど……。


「忌々しいが親類に根回しをしてぐだぐだと言ってきている。貴族である以上世継ぎを残さないのは許さない、と。あなたに好ましい相手が現れるまで、表向き私の妻として振る舞って家を管理してくれればと思う。世継ぎなど養子を取ればいい話だしな」

「僕は家の管理をすればいい、ということですか」

「ああ。少なくともそれで親類は黙る。時折仕事の邪魔にもなるので、あなたに表向きでも妻を務めてもらえると本当に助かる」


 家の管理は確かに夫人の務め。

 確かに実家で兄がお嫁さんを迎えるまで家の管理ができるようにと、勉強はしてきたけれど。

 いや、でも、それだけではない。

 ヘルムート様は僕やジェーンさん、エレナさんのような奴隷に落とされたた者を保護している。

 そんな人たちを受け入れられるお嫁さんが、なかなかいないのだ、と。

 僕がそれに応えられるのなら……。


「できるかわからないですが、僕なんかでもお役に立てることがあるのなら……」


 実際一人暮らしは無理なんじゃないか、と思ってきたところだ。

 家事が……難しくて……。

 しかし――。


「あの、でも……僕の発情期や、お世継ぎは……そのー……」

「無理強いをするつもりはない。先ほど言った通り跡継ぎなど養子を取れば済む話だ。あなたの体調が厳しいようなら、前回と同じく医療行為として手を貸すことはやぶさかではない。気軽に言ってくれ」

「そう、ですか……」


 安心したのと同時になぜか胸にちく、ちく、と痛みがある。

 なんだろう?

 胸を撫でるが、痛みは治らない。

 外側じゃなくて内側から痛い。

 定期健診で相談してみた方がいいかな?


「では、私と契約結婚をしてくれるということでいいだろうか?」

「はい。僕なんかでお役に立てるのなら、やらせていただきたいです」

「ありがとう。それでは、こちらで手続きを進めさせてもらう。いいだろうか?」

「はい。もちろんです」


 まあ、でも、僕なんかよ血筋もいい、教養も理解もある女性が現れれば僕は側室に落ちればいいだけの話だし……発情期で万が一孕んでしまってもヘルムート様のお家のために産んで育てればいいだけの話だし、それは、普通の貴族の在り方だし……。

 うん……別に普通のことだよね。

 政略結婚なんて、貴族の常識。

 だからなんでこんなに気分が落ち込んでいるのか、まったく理解できない。

 なんでだろうね?



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