狙われる理由
「男のオメガってそんなに価値があるんですか?」
アルファの子を産み、育てる以外に。
僕にはわからない。
ジェーンさんもエレナさんも申し訳なさそうな表情で視線を落とすので、ハッとした。
これではまるで八つ当たりじゃないか。
「すみません、なんでもないです」
「い、いいえ。わたくしどももお答えできることが少なくて申し訳ございません。ヘルムート様ならお答えできるかと思いますが、捜査に関しては教えていただけないと思いますし……ううーん」
「あ、そうか。そうですよね」
そうだった。
ヘルムート様はフェグル元伯爵の犯した罪について、真実を調べている人だった。
調査の内容は当然、教えてもらえるわけがない。
僕はただ、家での生活についてヘルムート様へ情報を提供するだけ。
それでなにがわかるのだろう?
僕に関係しているはずなのに、僕にはそれがどんなことなのかわからない。
なんだろう、このモヤモヤとした気持ち。
僕は……僕は――。
「捜査について知りたい?」
「というか、フェグル元伯爵がなにをしていたのか、知りたいと思ったのです。僕に関係していること、なのですよね?」
「――そうだな」
ヘルムート様が離れに戻られたのは、僕がフェグル元伯爵家に来た来客の話をディレザさんに伝えて三日後のことだった。
僕の伝えた情報で捜査はかなり進んだらしく、新たに調べなければならないことが増え、忙しくて三日も帰れなくなったという。
そのことに関して罪悪感はあったけれど、帰ってきて早々に「助かった」とお礼を言われて吹き飛んだ。
やや手詰まりだったらしい捜査状況が一気に改善したらしい。
しかし、その捜査について質問をすると、さすがに言葉を濁すヘルムート様。
まあ、そうですよね。
「僕が狙われているという話でしたが、僕はなにに狙われているのでしょうか? フェグル元伯爵は、僕をどうするつもりだったのでしょうか? 僕は、どうなるはずだったのでしょうか? ……そういうことも、僕は知らない方がいいのでしょうか?」
すべて自分に関することなのに、僕はなにも知らなかった。
興味がなかったし、知ることを許されなかった。
少し前までそれでなにも問題なかったはずなのに、どうしてこんなにも今の僕はそれを疑問に感じるのだろう?
そのことも踏まえて改めて質問すると、ヘルムート様の表情が少しだけ変わる。
「自分のことだから知りたいのか?」
「ええと……はい? 多分……?」
「そうか。多少は自意識が芽生えてきているようだな」
「え?」
小声で呟いたことが聞こえなくて聞き返す。
それも「なんでもない」とごまかされてから、突如、ヘルムート様が僕をジッと見つめる。
その視線にドキッと胸が鳴った。
真実を知る恐怖からなのか、ヘルムート様の鋭い眼光に見つめられているからなのか。
「君に関係していることで、現在わかっている範囲になるがそれでもいいか?」
「はい、もちろんです……! 教えてくださるんですか?」
「限定的な範囲で、だ」
「それでも構いません。教えてください」
お願いすると、「まずは食事だ」と言われてしまった。
言われた通りに夕飯を食べ終わり、談話室に移動してからディレザさんにお茶を入れてもらう。
食後のお茶を楽しみつつ、一息つくとヘルムート様が「では話す」と端的に前置きをする。
「まず、フェグル元伯爵は奴隷商と繋がりが確認されている。あなたに着けられている奴隷呪の首輪は、その繋がりから入手したと思われる。入手先の奴隷商は特定されており、今その足取りを追っている最中だ。間もなく入手先の奴隷商経由でその奴隷呪の首輪の制作者に辿り着ける見通しだ。次の発情期までには、と思っている」
「そ、そうですか」
思っていた以上に捜査は進んでいるらしい。
首輪が外れれば、僕はこの邸を出て一人で暮らしていくことができる。
もうすぐ叶う、一人で生きていく新しい人生。
しかし家事を教わり始めた今、その希望が揺らいでいるのも事実。
なぜなら教わる度に自分の体力のなさ、不器用さを思い知らされるから。
皆さん難なくこなしておられるが、家事ってかなりの重労働……!
そりゃあメイドや使用人などを貴族が雇うわけだと納得した。
「この邸を出て一人で暮らすにしてもそのあとにしてほしい、という部分は」
「忘れていません」
「それならい。まだしばらく我慢していてほしい」
「はい」
「そしてあなたが疑問に持ったこと――フェグル元伯爵があなたをなぜ奴隷呪の首輪で縛り、監視させていたのかについてだが」
「はい」
僕が知りたかったところ。
いや、もうわかってはいたはず。
フェグル元伯爵は僕を奴隷として確保していたんだと、僕はもうとっくに知っている。
今さらヘルムート様に言葉で言われても、傷つくことなどない。
そのはずだ。
「フェグル元伯爵の繋がっている犯罪組織と奴隷商は魔界崇拝をしている邪教とも関係していることがわかった。あなたをなんらかの儀式の生贄に使うつもりだったと、我々は現時点でそう思っている」
「――儀式?」
思いもよらない答えに顔を上げる。
邪教の、生贄……!?
「これ以上はまだ捜査中故話すことはできないが、あなたが狙われている可能性が高いと言ったのはそういう理由だ。奴隷呪の首輪を外さなければならないのも、同じ理由。あなたが結婚してこの屋敷を出ていくのだとしても、やはり奴隷呪の首輪は外さなければならないだろう。また今回の件で奴隷商や犯罪組織を国外に追い払うか、掃討しなければならない。当局としては奴隷商も犯罪組織も邪教もずべて逮捕対象。事件解決のためにもう少し時間がほしい」
どうだろうか、という目で見つめられ、頷く。
僕に選択肢はあるようでない。
ましてそんな恐ろしい理由なら――。




