自分の価値
他の、他のお客さん……。
腕を組んで記憶を辿る。
「あ、そういえば」
「なにか思い至ることが?」
食い気味に近づかれて、少し驚く。
が、すぐに「男性のお客様が」と続けた。
フェグル元伯爵のところに来ていた、よくわからないお客さんが二組存在する。
「どのような方々なのですか?」
「ええと、お一方は若い男性。もうお一方は確か……侯爵と呼ばれていました。なんだっけ……えーと……」
前に聞いた、僕に結婚を申し込んだ侯爵様とは名前が違う。
それを言うと目を見開いたディレザさんが何人か名前を上げる。
ええ、侯爵ってそんなにいるの、と驚いたが、そのうちの一人に聞き覚えがあった。
「コーネン侯爵――」
「あ! その方です。その方の名前、聞き覚えがあります」
「若い男性の方のお名前は覚えておりますか?」
「ナイト、と呼ばれていたように記憶しております。絶対にソファーに座らず、全身黒ずくめで剣を下げておりましので騎士様なのかと思っておりました」
「ナイト……? 帯剣しておられたと。なるほど、それは……かなり貴重な情報ですね。すぐにヘルムート様にお伝えしてまいります」
「んえ?」
確か手紙を送る、という話だったが、まさかディレザさんが直接ヘルムート様の職場に……!?
困惑しているとメモ用紙に手早くなにかを書いてたたむと、胸の内ポケットにしまって僕に頭を下げる。
「貴重な情報をありがとうございました。またなにか思い出したらお教えください」
「は、はあ……」
「ジェーン、エレナ、カミル様にあまり無理をさせないように」
「わかりましたわ」
「かしこまりました」
足早に部屋を出ていくディレザさん。
僕の思い出したことが、それほど急いでヘルムート様へ伝えなければならないことなのだろうか?
お客さんの話とか、してもよかったのかな?
まあ、もう喋ってしまったあとだからどうすることもできないけれど……。
「ディレザさんがあんなに慌てるなんて、フェグル元伯爵のお客様のお話ってそんなに大事な話だったんですかねぇ?」
「さあ?」
「あなた方……。はあ……! そのあたりもちゃんとご理解いただけるよう、覚えておいていただいた方がいいですね」
「え? ジェーンさんは先程のディレザさんの質問の意味がわかったんですか?」
すごーい、とエレナさんと二人でジェーンさんにささやかな拍手を捧げる。
どういう意味だったのか、教えてほしい。
僕らの視線にジェーンさんは深々と溜息を吐く。
「まず、来客が来た情報はその人の交友関係の情報です。誰が来ていたかで、どんな訪問理由だったのかをある程度推測ができるんです。もちろん、会話内容まではわからないですが。たとえばフェグル元伯爵とコーネン侯爵の話ですが、そもそもコーネン侯爵が家格の下であるフェグル元伯爵の家を訪れている時点で『フェグル元伯爵の“家”に用事がある』とわかります」
「家に?」
「はい。フェグル元伯爵の家にあるものを見に来た、とかでしょうか? 持ち出せるものならばフェグル元伯爵がコーネン侯爵様の家に持っていけばよいのですが、それができない類のなにか、と思われます」
首を傾げる。
確かに侯爵様がフェグル元伯爵のところに来ているのは、爵位の上の方がわざわざ下の者のところに来ている――という意味のわからない状況なのだ。
そうしなければならない、理由。
なんだろう? よくわからない。
ジェーンさんに「心当たりはありますか?」と聞かれたけれど、どんな話をしていたかなんて覚えていないからなぁ。
「あ、でも確か僕の話をしていましたね」
「カミル様のお話?」
「はい。珍しい男のオメガです、って紹介されました。目上の方なので、僕なんかが応接間に呼ばれるとは思わなくて驚いたのを覚えています」
「それは……。それも夕飯の時にヘルムート様へお伝えした方がよろしいかと思います」
「そうなのですか?」
「はい。今までの話の流れから、コーネン侯爵はカミル様を見に来たと思われますので」
「僕を? なんでですか?」
聞き返すと、ジェーンさんが口を噤む。
これは聞かない方がよかった?
いや、この顔はもしかして呆れられている……?
「えっと、すみません……?」
「あ、いえ。そういう意味ではないのです。ただ、カミル様を……その……売ろうとしていたのではと感じまして」
「売る……? 僕を――」
首輪がずしっと重く感じた。
手で触れて、表面の鉄の冷たさに心臓が嫌な音を立てた気がする。
そうか、フェグル元伯爵にとって、僕は側室ではなく商品。
僕の次の買い手だったかもしれなかったのか。
けれどそれでは、まるで……。
「モルゾドール様は、奴隷商人だったのですか?」
フェグル元伯爵は……モルゾドール様は……僕の嫁いだ人は……。
この国で禁止されている、奴隷を取り扱う商いをしていた?
「いえ、そこまではわかりません。ヘルムート様はその調査をしておられるのでしょう。少なくとも、それに近いことをしていたと思います。実際、奴隷商や奴隷を買った人間が持つ奴隷呪の首輪を、カミル様に着けたのですから」
「あ……」
自分が今、まさに触れている首輪。
これこそが、あの人の罪の形か。
僕は本当に“奴隷”で“商品”だったんだ。
今さらなにを落ち込んでいるのだろう。
たった一年半程度、夫婦らしい関係性も築いてこなかったけれど……。
僕って本当に、今まで関わってきたすべての人にとって『男のオメガ』以外の価値がなかったんだな。




