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結婚話


 湯浴みして寝室に戻ると、エレナさんが嬉しそうに入ってきた。

 ジェーンさんが「落ち着きなさい」と嗜めても興奮気味に「カミル様に結婚の申し込みが来ているみたいですよー!」と飛び跳ねる。

 結婚の申し込み?

 

「まさか、ヘルムート様の執務室を覗いたのですか? 使用人の分際で……!」

「ち、違いますよぉ! ヘルムート様の執務室にお茶を持っていったんですぅ! そしたらカミル様への釣書(つりしょ)がたくさん来ているのが見えたんですって! なんと、さっきのダリモア侯爵様も、ご子息の側室にぜひって! すっごい玉の輿ですよ!」

「結婚の……」

 

 いや、オメガの男ならそういう話が来るのは普通のこと。

 高位貴族にとってアルファを産む確率の高い男性オメガは是が非でも側室に迎えたいだろう。

 でも、なぜだろう……モヤモヤと心の中が不快。

 これもよくわからない。

 初めての感覚のように思う。

 

「だとしても奴隷呪の首輪がついている状態で嫁ぐのは無理よ。呪文を知っている者の目につけば、カミル様は簡単に誘拐されてしまうわ。首輪が外れるまでは、やはりお邸の中で大人しくしていただくのが一番安全よ。……もちろん、お庭に出てお茶を嗜まれるのは健康にいいと思うけれど……」

「庭に出るのもちょっと……」

「はあ……。カミル様の出不精にも困ったものですね」

 

 実はジェーンさんからは何度も「本なら庭でも読めますよ」「お庭でお茶を飲みながら読書もよくありませんか?」「お庭でお茶会形式でおやつはいかがですか?」と誘われている。

 理由は僕があまりにも外に出ないためだ。

 普通、人間は何日も外に出ないと精神的にきつくなるのだそう。

 でも、僕はそもそも実家にいた頃から庭に出ることもない。

 なぜなら幼少期は体が弱くて熱が出がちだったのと、成長後も庭どころか部屋からも出られずに勉強をしていたから。

 嫁いだあとも数名の私兵に監視されて、部屋の中、家の中が世界のすべて。

 外へ出る、という行動に忌避感に近いものを持っているのだ。

 外は危ない。

 いいことなんてない。

 家の中ですらいいことないのに、もっとたくさんの人がいる外なんてなにが起こるかわかったものではない。

 特に、オメガとわかってからは両親、兄姉、使用人にまで『襲われたらどうする』と言われてきた。

 オメガは妊娠するから、女性のような独り歩きは男でもできない。

 それ以前に、奴隷呪の首輪をつけていると首輪の使い方――呪文を唱えれば奴隷を好きなように従わせられるという点を考えると出歩くこと自体が非常に危険。

 今の僕は奴隷と言われれば奴隷、という状況。

 

「そっか、首輪があるとお出かけもできませんもんね。この国はそもそも奴隷が禁止されていますし、奴隷の首輪なんてしていたら結婚しても旦那様が犯罪者扱いされてしまいますもの」

「そうよ。ヘルムート様が今カミル様をこうして保護しているのは、カミル様を守るため。カミル様の首輪を外すまでの時間、心穏やかに過ごしつつ常識を学んでいただく時間の確保。カミル様が今後どのように生きていくのかを、ご自分で選べるように我々も精いっぱいお力添えをするためです」

 

 ジェーンさんが胸に手を当ててエレナさんを諭す。

 そこまで考えていてくれたなんて、思わなかった。

 僕よりも過酷な人生を送ってきたであろう、本物の元奴隷であるジェーンさんがそこまで言ってくれたのなら……このぬるま湯のような穏やかな暮らしを、早く脱しなければ。

 こんな優しい人たちに、いつまでも面倒を見てもらうなんて申し訳がない。

 僕なんかが、こんな優しい場所を甘受し続けるなんて罪深い。

 行く当てを見つけて、仕事に就いて、一人で生きていけるようになった方がいいよね。

 首輪が外れたら、すぐにでも。

 いや、今のうちに仕事を見つけておく方がいい。

 オメガは働き先が限られている。

 確か司書がおススメ、と言われていたよね。

 明日から司書のお仕事に就いて調べてみよう。

 

「じゃあ、首輪が外れたら! カミル様、首輪が外れたら、どんな方と結婚したいですか? わたしは~~~、私が昔奴隷だったとしても気にせずに愛してくれる人なら誰でもいいです! 一応健康診断で病気はないって証明書も毎年出してもらってるんですけどね~。やっぱり経歴ヤバすぎて恋人関係にも進めないんですよねぇ」

「それはわかるけれど」

「あと三年結婚相手が現れなかったら、仕事に生きることにするけれど、それまでは全力であがくわ! いい人と結婚して幸せな結婚生活をしたい~~~~」

 

 くねくねしながら理想を話すエレナさんは、僕にとってかなり眩しい。

 結婚にそこまでの理想を持てるのがすごいし、意欲があるのもすごい。

 

「カミル様にはヘルムート様と結婚したいと思わないんですか? おススメですよ、ヘルムート様! カッコいいですし、王国設立時からの伯爵様ですし、公安局職員という超安定の収入に元軍人という武の心得もありの強さ! いかがですか、ヘルムート様!」

「え、ええと……それを決めるのは僕ではないので……」

 

 僕がヘルムート様の側室?

 そんなの無理じゃないかな。

 妊娠したら責任は取る、とはおっしゃっていたけれど、裏を返せば妊娠しなければ側室にも迎えるつもりがないということだと思う。

 

「え~、ヘルムート様も満更じゃないと思いますよ? 今までも私たちみたいな元奴隷を一時保護してお世話してくださいましたけれど、お部屋で一晩過ごされたのはカミル様が初めてですし」

「僕の時のは……治療行為なので……」

 

 だからヘルムート様はちゃんとした綺麗でまともなお嫁さんをもらうべきだ。

 僕なんかがあの人の側室というのも、おこがましい。



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