邸の秘密
「女好きとは聞いておりましたが、聞きしに勝るといいますか……」
「ああ……自宅に側室ではない愛人を囲っているのも呆れたが、自宅以外にも愛人やそれに準ずる女を抱えているとは……。いや、他の用途のためかもしれないが……それにしても多いな」
「お調べしますか?」
「いや、当局の仕事だ。なにも問題ない。が――想定していたよりも多いようだ。もう一度慎重に調べ直さねばならないだろう。ありがとう、カミル。とても役立つ情報だ」
え、と顔を上げる。
ヘルムート様は真顔だ。
僕の何気ない話なのに、それが参考になったなんて。
「い……いえ、お役に立てたなら、なによりです」
「他にもなにか思い出したら話してくれ。どんな些細なことでも構わない」
「は、はい」
こんなことでも役に立てるのは、胸があたたかくなる。
拳を握りしめて、俯く。
どうしよう、最近本当に、こういう感覚――気持ちになることが多い。
多分、嬉しいっていう気持ち。
「ヘルムート様、本日届いたお手紙をお持ちしました」
「あとで見る。書斎に置いておいてくれ」
「はい。ですが、ダリモア侯爵様より急ぎめでお返事がほしいと使者の方が……」
「ダリモア侯爵? かかわりがないが……なんだ?」
席を立ち、入り口に立っていたジェーンさんから手紙を一通受け取るヘルムート様。
ペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出して目を通すとどんどん眉間に皺が寄る。
深い溜息を吐いたあと、僕の方を向き直り「仕事ができたので、今日はもう休む。あなたもゆっくり休むといい」と言われた。
よほど緊急だったのだろうか?
「ダリモア侯爵がヘルムート様になんの用なのでしょう? 仕事柄の関わりもないですよね?」
「エレナさん、ご主人様の仕事に口を出すものではありませんよ」
「あ、すみません。でも、おかしいなって思って……」
「だとしても、我々には関係がないことです」
「はぁい」
ディレザさんに嗜まれて、しょぼんとするエレナさん。
ジェーンさんも深く溜息を吐いてから「カミル様、湯浴みをされてお休みください」と微笑む。
あ、そうか。
ヘルムート様がいないのだから僕ももう寝るのか。
「そうします」
「ではお湯の準備をいたしますね」
「よろしくお願いします」
二階に上がり、玄関ホールから外を眺める。
星がものすごくよく見えて、綺麗だな。
――そういえば、『名探偵アンバー・ロックシリーズ』の中にガラスで作った星空色の水晶を真っ黒の絵画の前の台座に置いて、ランプの光を絞って当てたら星が黒い絵画に映り込み、地下への入り口が現れる――みたいな仕掛けがあったな。
玄関ホールのガラス張りの天井も、一枚だけ星の光を遮断する加工がされているところがあり、その真下の床に地下に続く階段があるとか……。
「本当にあったりして?」
まさか玄関に地下へ続く階段があるなんて、誰も思うまい。
そんな先入観を上手く使ったトリックに感嘆したのを覚えている。
もう一度階段を下ってから玄関のガラス天井を見上げてみると、満天の星空の中、玄関扉から右に二つ、下から数えて四つ目のガラス窓が真っ黒なことに気がついた。
昼間は普通に陽の光を通すのに、まず間違いなく特注。
まさか、まさかな、と思いながら床の玄関扉から右に二つ、下から数えて四つ目の床をランプで照らしてみる。
別に他の床と同じのような……?
さすがに考えすぎかな?
そう思いながらもしゃがんでより近くから床を眺める。
あ、これ……もしかして『名探偵アンバー・ロックシリーズ』の別の話にあった床と『一体化した扉』だろうか?
確か開け方は右上と左下の端を押す。
次に右下と左上の端を押す。
そうするとガコン、と二センチほど床が持ち上がる。
……持ち上がった。
本当に仕掛けがある。
その床を右回り動かすと、またガコンと音が鳴って床板が外れた。
心臓がものすごい音を立てて高鳴る。
これは……まさか、本当に……?
「階段ですね」
「ヒャッ!?」
肩が思い切り跳ね上がる。
心臓がものすごい早鐘。
顔を上げた時に見えたのは、ジェーンさんの神妙な面持ち。
「あ、あ、あ……す、すみませ……」
「謝ることなどありませんよ。しかし、まさか地下への道を見つけてしまうなんて。すごいです、カミル様」
「い、いえ、あの、ぐ、偶然、です。たまたま……本当に。えっと、アンバー・ロックシリーズの中に出てくる色々を思い出してですね……!」
「ああ、『ヒューズ・ロック』の作品の仕掛けのほとんどはこの邸で“実験”されていたのですものね。しかし、その謎を解いてしまうなんて、やはりすごいことですよ! ……ただ……」
言葉を濁すジェーンさん。
ああ、言ってましたね。
「地下への道は、見つけても絶対に地下に降りてはいけない――でしたよね」
「はい。興味本位で入ってはいけません。本当に、人が行方不明になっておりますので……」
「見つけてしまうと興味は出てしまいますけど……ですよね」
「はい」
強めに頷かれて、床板を元に戻す。
本当に、僕自身も驚いた。
まさか僕なんかが邸に隠されていた地下への入り口を見つけてしまうなんて……!
すっごく興味がある! でも……行方不明者が出ている、地下。
それでなくとも衣食住をお世話になっている身で、そんな真似はできない。
さすがに好奇心でそんな行方不明者の出ている場所に下りては追い出されてしまう。
「さあ、湯浴みしましょう」
「はい……そうですね」




